2017年1月1日日曜日

謹賀新年



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2017年 元旦

昨年中はご愛読ありがとうございました。
新年を迎え、みなさまのご多幸をお祈りもうしあげます。

本年もよろしくお願いいたします。



北里義之/音場舎
 
 

2016年7月19日火曜日

【書評】『ダンスワーク74』(2016年夏号)


『ダンスワーク74』
(ダンスワーク舎、2016夏号)
編集人:長谷川六、副編集人:入江淳子

【特集:舞踊批評──透視するものとは】
入江淳子「観ること、書くこと」
北里義之「現場主義」
児玉初穂「批評家の直観」
志賀信夫「批評の社会性」
宮田徹也「『提灯記事』の歴史」
長谷川六「舞踊批評の環境」
笠井叡「第47回舞踊批評家協会賞辞退について」
[笠井叡ブログより転載]
長谷川六
「笠井叡の舞踊批評家協会賞受賞拒否問題に端を発した舞踊批評家の集い」

【連載】
萩谷京子「備忘録2:舞踊の後先」
まつざきえり「ダンス人生2:私の80年代、90年代」
大倉摩矢子「キュレーターの仕事をして:ふつうの毎日がおもしろい」
三浦太紀「制作日記6:BONANZAGRAMとともに」

【公演評】
児玉初穂
「圧倒的な生成感
山崎広太『暗黒計画1~足の甲を乾いている光にさらす~』」
北里義之
「東日本大震災とダンススペース
加藤みや子『Voice from Monochrome』」
「生を尽くして死と対峙する
劇団態変『ルンタ(風の馬)~いい風よ吹け~』」
「山崎広太『暗黒計画1~足の甲を乾いている光にさらす~』」
「国家を扱い反戦を掲げたダンス公演
笠井叡『オイリュトミー版「日本国憲法を踊る」』」
関根摩耶
「あの世とこの世を行き来しているように おかっぱ企画『竜の煙』」
宮田徹也
「小林嵯峨+ホムンクルス 部屋と絵と行為「坂巻ルーム」」
「5年ぶりの復活 川村浪子ダンス『ゆっくり あるく』」
入江淳子
「揺らぐ身体の問い 多田汐里+赤川純一『Into the Cave』」
「抽象化された苦難:とりふね舞踏舎『SAI』」
長谷川六
「Company Resonance vol.15.5『永永永』」
「完成したものは簡単に破壊されるという示唆
Minichrome Circus x Tori YAMANAKA『TOROPE 3.0』」

【追悼】
深谷正子「堀切敍子さんとの時間」

長谷川六「知と不知」
追悼/人物交流/催事/出版/訃報、編集後記
(注文:d_work@yf6.so-net.ne.jp)



♬♬♬



 『ダンスワーク74』は、笠井叡氏の第47回舞踊批評家協会賞辞退という事件が発端となって、舞踊批評という、通常ならばほとんどスポットがあたることのない領域が、逆説的な形でフィーチャーされたことを重要な契機として受けとめ、事件の顛末や舞踊批評界の対応を踏まえた特集「舞踊批評──透視するものとは」を組んでいる。一般的なダンス批評論を集めた特集ではなく、『ダンスワーク』を批評活動の場とする執筆者が、それぞれの批評スタンスを開示することで、同誌の編集責任者である長谷川六氏が、出来事の渦中における『ダンスワーク』の立場表明にかえたものと受けとめられるだろう。

 出来事の経緯をたどる長谷川氏のテクストや、協会に所属する当事者のひとり志賀信夫氏の個人的な見解などは、新たな情報を含んでいて特に重要であるが、原稿の締め切り以後に、舞踊批評家協会の世話人を務め、問題になった推薦文を執筆した古沢俊美氏が、おなじく世話人である関口紘一氏との連名で『毎日新聞』(201666日、東京夕刊)に「真意」を語った記事が公表される以前の段階にとどまっており、特集内でこのリーク記事に関する見解は述べられていない。この記事をもって、志賀氏が提案したという「賛成・反対同数で受け入れられなかった」(15頁)謝罪文の公表について、反対側にまわった(と想像される)2名の見解/弁明が公式に出揃う形となったといえる。記事の末尾は、笠井氏の授賞辞退について、古沢氏の言を採用しつつ、協会側は『舞踊の言語化について深く追究せよ、という課題と受け止め、糧にしたい』と話し、対応について慎重な協議を続けている。」としているが、これは責任をとりたくないため問題をはぐらかす官僚的答弁としかいえないだろう。過去の経緯の如何にかかわらず、起こった事件に対して、(本来ならば授賞式以前に、早急に)内部で対応を取りまとめ、記者会見などで舞踊批評家協会の総意(主体性)を示すことができず、後々になって姑息なメディア対策に及ぶといった経緯自体に、協会の体質があらわれていると判断せざるを得ない。

 文学や音楽でもうけられている数々の賞は、名誉を授与するものではなく、業界が業界として機能するための宣伝に過ぎない。うがった見方をすれば、笠井氏にとって、今回の事件は、舞踊批評家協会賞の受賞よりもはるかに宣伝効果が高かったといえるだろう。批評家たちがすったもんだしている結果だけ見れば、笠井氏のほうが役者が一枚も二枚も上手であることがわかる。この宣伝効果については、笠井ブログに授賞辞退のテクストがあがった直後、武藤大祐氏が「叩く価値もないものを叩く身振りを派手に盛り上げ自己PR乙、って感じ」とツイートしていた。歴史ある協会が、今回のスキャンダルにまみれながらも存続していくだろうことを前提にすれば、そこに解決すべき組織の問題があることは明々白々だが、これは第一義的に議論を正常化する新しい人材をリクルートできない(そうした魅力的な批評環境を提供できていない)協会内部の問題である。いま、そのことを別にすれば、ここにはふたつの問題があるように思われる。ひとつは、笠井氏が批判していたように、また本誌所収のテクストで志賀氏や宮田氏が触れていたように、舞踊批評が、社会的には宣伝機能しか期待されていないという舞踊批評の危機。もうひとつは、毎年おなじような顔ぶれの間で賞を回さざるを得なくなっているという斯界の閉塞性に端を発する舞踊の危機。いずれも既得権益者の内紛と批判されても返す言葉がないだろう。

 ちゃぶ台がえしのような話になるが、今回の事件が新聞ネタにもなったことで、舞踊批評家協会の存在がようやく一般の目にもとまったというような舞踊批評の社会環境にあって、舞踊批評の危機をいうこと自体、どこかピントはずれのようにも思われる。斯界の内紛というだけのことならば、コップのなかの嵐というに過ぎないからだ。一方で、批評家たちに危機感があるのはたしかなように思われる。ただその危機感がなにに由来するのか本人たちにもよくわからず漠然としているということ自体が、危機的な事態を招いているというやっかいさがある。そもそも舞踊批評の危機などということを、批評家たちが真剣に考え抜いたことが過去にあったのだろうか。舞踊批評の自己分析と自己批判、批評家どうしの議論などがさかんにおこなわれていない現状、むしろほとんど不在というべき現状では、そうした問題が浮き彫りになることもない。議論はむしろこれから本格化されることが期待されるが、その際、批評の危機、批評家の危機、舞踊批評の危機、舞踊批評家の危機、舞踊の危機、舞踊家の危機というように、危機の種類をいくつにもわけて分析していく必要があると思われる。私たちがなすべきことは、まず危機感の正体を見極めることだ。本誌の批評特集もまた、これからはじまるそうした長い議論のなかの欠くべからざる一歩となるべく、さらなる努力の積み重ねをつづけなくてはならないだろう。


 【関連記事|季刊ダンスワーク】
  「【書評】『ダンスワーク67号』(2014年秋号)」(2014-10-28)
  「【書評】『ダンスワーク73』(2016年春号)」(2016-03-26)


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2016年4月2日土曜日

【書評】『ダンスワーク73』(2016年春号)



『ダンスワーク73』
(ダンスワーク舎、2016春号)
編集人:長谷川六、副編集人:入江淳子

【特集:1970年代日本のダンス】
巻頭グラビア32頁
高島史於「1970年代のダンスを想う」
ケイタケイ「1970年代はニューヨーク 驚くほどの出会いがあった」
日下四郎「現代舞踊家たちの1970年代」
長谷川六「厚木凡人 藤井友子 矢野英征」
早田洋子「裸体は何を語るのか?」
前田正樹「始動!1970年代」
辻 征宣「1970年代は何をしていたか」
江口正彦「畑中稔、忘れ残りの記」
加藤みや子「探る、壊した時」
深谷正子「1970年代にしたこと」

【連載】
萩谷京子「備忘録1:今更ながら思う舞踊の後先」
まつざきえり「ダンス人生1:1970年生まれ」
三浦太紀「制作日記5:BONANZAGRAMとともに」

【公演評】
松本悌一
「能藤玲子作品『雲隠れ』」
児玉初穂
「感応する身体~山川冬樹×山崎広太 公演」
「横浜ダンスコレクション2016『無・音・花』」
入江淳子
「大野一雄フェスティバル2016
滞在アーチストワークインプログレス作品マラソン上演」
 「躍動する生命の形象
カンパニー マリー・シュイナール
『春の祭典/アンリ・ミショーのムーヴマン』」
「立体化された欲望
デボラ・コールカー・カンパニー『ベル|Belle』」
「夫婦の迷宮~幸内実帆×やまだしげき『空中のラブレター』」
奥野博
「TOUCH OF THE OTHER─他者の手─」
宮田徹也
「《うしろの人》(中村正義)×岡佐和香『たたかひの万華草』」
「深谷正子『吸吐』」
北里義之
「解剖学的身体とイメージの身体の狭間で
我妻恵美子『肉のうた』」
「関係する身体の群れ
ジョナサン・M・ホール&川口隆夫
『TOUCH OF THE OTHER─他者の手─』」
長谷川六
「勅使川原三郎 連続公演『ゴドーを待ちながら』」
「勅使川原三郎 佐東利穂子『ダンスソナタ 幻想 シューベルト』」
「生命を培う場を求めて~笠井叡『冬の旅』」

【書評】
池上裕子『越境と覇権』三元社
中野正昭編『ステージ・ショウの時代』森話社

長谷川六「知と不知」
人物交流/公演予告/演劇/出版/訃報、編集後記



♬♬♬


 特集の「1970年代日本のダンス」は、舞踏やポスト・モダンダンス──言葉は同じでも、時期や人によって「ポストモダン・ダンス」「ポストモダンダンス」などの表記もされ、それぞれニュアンスが異なる──、さらには現在のコンテンポラリーに連なる流れのひとつを形成した矢野英征らの公演に関わり、パフォーマンスの数々を撮影した貴重な高島史於の写真を32頁の巻頭グラビアにまとめ、つづく特集頁で、当時の先鋭的なダンスシーンを担った関係者に寄稿をあおいで1970年代を多角的にあぶり出そうとしたものである。1967年に『モダン・ダンス』の書名をもってスタートした本誌の編集人である長谷川六もその渦中にあった。公演が終わってしまえばすべてが消滅するダンスという特異な身体表現を記録に残そうとする試みは、近年さかんに言及されるダンス・アーカイヴの動きに連動するものであるが、そもそもの話、『ダンスワーク』にあっては、ダンスを現在形で伝える啓蒙活動や、現場に即応したダンス批評の確立などとあわせ、出版活動の当初から課題となってきたテーマのひとつといえるだろう。

 今回の特集の原形をなすのは、長谷川が司会を担当して昨年秋におこなわれたダンスワーク舎主催のトークイベント「1970年代ダンスを語る」(20151026日~30日、六本木ストライプハウス)である。イベントの解説文に、「高島史於の写真と証言で、ダンスの変遷を顕現する衝撃の4日間──出席:畑中稔・吉本大輔・三浦一壮・辻征宣・前田正樹・早田洋子・ワダエミ──1970年代の日本のダンスは、60年代ニューヨークで起こったポストモダンダンスの影響のもとで、従来の近代ダンスを超える変革がありました。その時代の記録を果たした高島史於の写真映像を手掛かりとして、その被写体になったダンス関係者が『証言』をする企画」とあるのでも概要が知れようが、テクストを読むのとは異なり、そこには当事者たちの声があり、記憶をいまに持ち運ぶ身体があるという意味で、当時を知ることのない人々に新たな体験を与えてくれるものだった。記録を構成する記憶に、当事者を通して直接的に触れるという身体的な行為が伝えてくれたものは、ダンスと関わって時代の最先端を生きることができたことに対する驚きや喜びの感情である。ダンス・アーカイヴにおける記憶の継承は、ダンス史を再構成する情報の集積もさることながら、まさにこの感情をもって初めて可能になるのではないだろうか。

 その一方で、21世紀に入るとともに、日本語で語られるポスト・モダンダンスは、ダンス批評を手がける桜井圭介や武藤大祐などによってまったく別の言葉、まったく別の語り口を持つこととなった。京都国際舞台芸術祭に招聘されたトリシャ・ブラウン・カンパニーの公演(2016319日)に際しても、両者はツイートで以下のような発言をおこなっている。

桜井圭介:「日本のジャドズニアン」は畏れ多いが、2006年当時、コドモ身体とか吾妻橋DXの「根拠」の一つがトリシャほかジャドスンのダンス観であったことは確か。/今、見るに価する数少ない日本のダンス、神村恵や捩子ぴじん、手塚夏子、福留麻里、あるいは篠田千明(『非劇』や『アントン』)そしてコンタクト・ゴンゾといったダンサーはみな「ジャドスニアン」と言っていいだろう。彼らの活動へのさらなる支持が必須。
武藤大祐:ジャドソン教会派の「日常」主義は、制度論的に見れば助成金バブルを背景として失速したように見えるが、思想的に見るなら、ヴェトナム戦争を背景としてイヴォンヌ・レイナーがジョン・ケージを批判したように「日常」そのものが世界各地で決して同じではないとの認識によって乗り越えられた。/「日常」を一枚岩の、何か普遍的な性質を持ったものとして想定することは端的に誤りなので、場所性が問題になる。「日常」はヴァナキュラー。そのヴァナキュラーさを、ヴァナキュラーに思考するためには、ヴァナキュラーの内だけでなく外にも立たなくてはならない。

 同じダンス運動にコミットしながら、そこに見られる語り口の相違、あるいは、まるで別世界に住んでいるような質感の相違は、身体表現者と批評家の相違があらわれたものという以上に、世代によってもたらされた立ち位置の相違が大きく影響しているのではないかと想像される。形式的にいうなら、それを70年代と80年代の間に横たわる(不可視の、いまだ意識化されていない)境界線といってもいいし、モダンダンスからやってくる視線に対するコンテンポラリー・ダンスからの視線というパースペクティヴの相違として考えることもできるだろう。ポスト・モダンダンスがダンス史の大きな分岐点になった、あるいは私たちはいまもこの運動が与えてくれた大きな分岐点に立っているという認識を分有しながらも、この言葉の質感にみられる相違は、そこに世代的な分断が存在することをはっきりと示している。アカデミズムに囲いこまれることのないダンス論壇といったものが存在しない我が国のダンス環境、社会環境にあって、体験や記憶の受け継ぎは、心ある個人から別の心ある個人へと手渡される形でしか存在しないのが現状といえるだろう。


 【関連記事|季刊ダンスワーク】
 「【書評】『ダンスワーク67号』(2014年秋号)」(2014-10-28)

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(更新は滞っています)

 

2016年2月29日月曜日

ヒグマ春夫の映像パラダイムシフトvol.75: 伊藤哲哉「方丈記」




Visual Paradigm Shift Vol.75 of Haruo Higuma
ヒグマ春夫の映像パラダイムシフト vol.75
with 伊藤哲哉方丈記
日時: 2016年2月29日(月)
会場: 東京/明大前「キッド・アイラック・アート・ホール1F」
(東京都世田谷区松原2-43-11)
開場: 7:00p.m.、開演:  7:30p.m.
料金: ¥2,000
出演: ヒグマ春夫(映像作家、visual performance)
ゲスト: 伊藤哲哉(reading)、小松 睦(dance)
照明: 早川誠司
協力: キッド・アイラック・アート・ホール
予約・問合せ: TEL.03-3322-5564(キッドアイラック)



♬♬♬



 「ヒグマ春夫の映像パラダイムシフトvol.75」のゲストになった俳優の伊藤哲哉とヒグマの出会いは、1980年代のヒノエマタ・フェスティバルにまでさかのぼる。それぞれがその後の長い年月に活動を絶やすことなく、鴨長明の没後800年を契機に、伊藤が『方丈記』の朗読に取り組むなかで再会した。共演は回を重ねているが、即興的なパフォーマンス性を重視する『方丈記』の映像展バージョンには、さきごろ銀座 K's Gallery で開催された「連鎖する日常/あるいは非日常の6日間・展」の最終日(220日)に踊ったダンサーの小松睦が飛び入り参加した。照明はキッドの早川誠司が担当。会場には、ロウソクに見立てて頭を波形に切った紙製の円筒が、アルミシートに載せられて56本ランダムに並べられ、正面のホリゾント壁にはモノクロ写真および砂浜のビデオ映像──字幕に「もうすぐ5年・フラクタルラインの謎/海べの知覚/2016224日・九十九里浜海岸で撮る」と表示──が、また白い紙が張られた下手の柱には、パフォーマンスを赤外線撮影するライヴ映像が投射された。上手観客席に置かれた映像ブースからは、公演全体のイメージを性格づける強烈な白光が投射され、『方丈記』を朗読する伊藤は、上手にあけられたスペースと下手を往復しながら、ときに大きな身ぶりを加えた緩急の呼吸で朗読を進めていった。正面の壁に投影されるモノクロ写真の映像は、東日本大震災によって押し流される家や自動車の墓場、爆発する石油コンビナートなど、また動画では汚染土を詰めたビニール袋の山などが映し出され、自然災害や遷都で荒廃した世相を嘆き悲しむ『方丈記』との間で、過去と現在の時間(現象的には、テキストと映像の時間が)がひっきりなしのワープをくりかえした。

 墨染めの僧服、白足袋に草履という伊藤のいでたちは、いうまでもなく旅の僧侶をあらわし、『方丈記』の昔語りは、夢幻能に登場するシテとツレの役割を同時にこなすようにして語られた。その意味では、少し遅れて登場した小松は、正確に対応しているわけではないが、後ジテとして出現して最後に舞いを舞う亡霊に相当するといえるだろう。かたや、私たちの記憶に刻まれた東日本大震災の映像を、ドキュメントといえるほど生な形で引用したヒグマのパフォーマンスは、白い防護服を壁に吊るすなどして、『方丈記』が語る自然災害を越えて核災害にも触れ、さらには、浜辺を撮影した動画のなかで動かない海亀や腐敗する魚にフォーカスし、写真としての引用をはばかられる身体の存在に、それと告げることなく言及したと思う。公演の後半で、円筒に頭を突っこんで床に倒れこんだ小松は、この語ることのできない身体に触れていたかもしれない。こうしたイメージの振幅のなかで、旅の僧が『方丈記』を物語る一人芝居の場において、ロウソクに見立てられた紙製の円筒は、映像との関係において、古風な死神の物語を橋渡しにして、人の生命を象徴するともしびに見えていた。孤独にそれぞれの生を燃やす命のヒトカタとして。


 「パラダイムシフト」において重要なのは、小松睦のダンスが、踊りによって亡霊や死者を「演じる」ことではない。語りと映像によって構成される形式とか、そこで固定化される意味や内容を、その外側からやってくる身体が、内容を斟酌することなくパフォーマティブなレベルを動きつづけることで撹乱する危険分子になること、あるいは、そのようなものとしてインスタレーション空間に召喚されたという点にある。これは、本公演に限らず、身体表現者とのコラボを基本的なスタイルとするヒグマ映像展の勘所といえるものだろう。それは即興パフォーマンスが公演の主眼になっているためではなく、インスタレーションの形式を固定化することなく、映像をつねに発生の場に縛りつけておくために不可欠な作業であり、「映像の可能性」をご託宣にしてしまうことなく、つねに開いた問いの形で提示するために他ならない。視点をダンサー側に移せば、もし彼らが身体を映す鏡としての作品を求める踊り手であるとしたなら(通常はそうなのだが)、勝手なこともできず、縛りつけられもしない映像展でのパフォーマンスは、彼らの身体からアイデンティティを奪うような、一種の困惑のなかに突き落とす。というのも、踊りはそれだけ取り出してよしあしを判断することのできないものとなり、引き起こされる出来事をもって初めて意味を与えられるからである。

 観客席の最上段に座り、素知らぬ顔で携帯などをいじっていた小松睦は、語り手が下手に移動し、遷都でさびれゆく京都のさまを語っているあたりで、突然、ステージ上手に飛び出してきた。きっかけはダンサー判断だったという。正面壁には、津波に襲われる大地を上空から撮影したモノクロ写真の映像。空間の隙間を発見するために手探りで踊られるダンスは、公演の終わりが段取られていないので、共演者の呼吸をはかりながら、ひとつ、またひとつと継ぎ足していくように進められた。映像のなかに入ったり、円筒と円筒の間を這い回ったり、プロジェクターの前に立ったり、穴のあいた円筒にうえから頭を突っこんで倒れこんだり、床のうえで横転したり、背中向きになって壁の防護服に両手を通したり、下手奥に立っていた円筒を中央まで押してゆくと、ロウソク皿をあらわす(と思われる)アルミシートを踏んで歩いたり、円筒の筒のうしろに身体を隠したりというふうにジグザクに進んだ。下手の柱を背にして立ったところで、この日初めて投影されたカラフルなヒトカタ映像を上半身に浴びたのが、ダンスのクライマックスだったのではないだろうか。その後は、上手と下手の間を回遊するように往復、最後の場面では、砂浜の映像に身をさらし、左手を前に差し出すなどしているところで終演となった。


 ヒグマ春夫の映像パフォーマンスにおいて、これまで表立たず、見え隠れに姿を見せていた回避することのできないテーマが、本格的に浮上をはじめた。本公演の場合、『方丈記』が強く背中を押したこともあろうが、3.11の自然災害/核災害を撮影した映像に新しい[美的]形式を与えるのではなく、意外なほどダイレクトに引用するパフォーマンスに、ヒグマが出来事を真正面から受けて立とうとする姿勢がうかがえる。5年目の3.11が近づくとともに、震災を大きな契機とする作品にいくつも出会うなかで感じるのは、ジャンルを越えたより広い表現のフィールドにおいて共有されるようになった意識があるのではないかということである。5年という月日が経験をしかるべき深さにまで内面化したのだろうか、これまで喪を過ごすためにおこなわれてきたメモリアルな表現活動のありようは、いまなおつづく復興と核災害のなか、容易に回答が見出されないもがき苦しみのなかであっても、待つことをやめ、積極的な道を模索しはじめたように思われる。よく言われるように、回復とは、もといた場所に戻ることではない。未来を切り開くなかで、新しい生を構築することである。戦後を生きるなかで築かれた私たちの文化風土にあって、それはまったく新しい世界を切り開くことに等しいだろう。■ 201633日)

写真提供: ヒグマ春夫   





 【関連記事|ヒグマ春夫】
 「ヒグマ春夫【第2弾】連鎖する日常/あるいは非日常の3/21日間
(2013-10-11)     
 「ヒグマ春夫の映像パラダイムシフト Vol.59 with 佐藤ペチカ
(2014-05-29)     
 「ヒグマ春夫の映像パラダイムシフトvol.66『柔らかい皮膜』
(2015-05-26)     
 「ヒグマ春夫の映像パラダイムシフト Vol.67 with 工藤響子
(2015-06-30)     
 「ヒグマ春夫の映像パラダイムシフトvol.75: カメラの向こうで
(2015-10-26)     

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2016年1月1日金曜日

謹賀新年 2016



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2016年 元旦

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北里義之/音場舎

 

2015年10月27日火曜日

ヒグマ春夫の映像パラダイムシフトvol.71: カメラの向こうで


Visual Paradigm Shift Vol.71 of Haruo Higuma
ヒグマ春夫の映像パラダイムシフト vol.71
カメラの向こうで
ゲスト: 海保文江
日時: 2015年10月26日(月)
会場: 東京/明大前「キッド・アイラック・アート・ホール1F」
(東京都世田谷区松原2-43-11)
開場: 7:00p.m.、開演:  7:30p.m.
料金: ¥2,000
出演: ヒグマ春夫(映像作家、美術家|performance)
ゲスト: 海保文江(dance)
照明: 早川誠司
協力: キッド・アイラック・アート・ホール
予約・問合せ: TEL.03-3322-5564(キッドアイラック)



♬♬♬



 ダンスの海保文江をゲストに迎えた<ビグマ春夫の映像パラダイムシフト>の第71弾「カメラの向こうで」がおこなわれた。例によって、出入口の扉横にもうけられる映像ブース、その対角線上に位置する二面の壁には、紐(あるいはワイアー)に吊りさげられた家の形の白布、その右端には、灌木を思わせる奇妙な形の白布もさがる。右壁の家に開いたいびつな窓は、そのなかに電球をひとつともした様子がカメラを連想させ、左壁の布に開いた3つの窓は、形そのものが携帯電話になっている。終演後の挨拶に立ったヒグマによれば、SNSなどで際限なくネットワークされていくおびただしい映像は、現代社会において、すでに私的所有を離れ、私たちが世界を見るときの「窓」になっていることを告げる風景ということになる。踊るダンサーは、あるいは下手側から、あるいは足もとからと、何台もの監視カメラによって撮影され、踊り手の衣装や白い家にむかってプロジェクターからライヴ映像として投射される。チカチカいうスイッチ音とともに、映像には、頻繁に色が出たり消えたりする。画面に観客席も映し出されるのは、私たちが映像の外側にいるという固定観念を破壊するためだろう。これらのことが、踊るダンサーも含め、事前に通告されなかったこと、また映像や照明が即興的にパフォーマンスされたとしても、ゲストの海保は、あらかじめ踊りのパートを作ってきていたので、映像展は、純粋なダンス公演としても楽しむことのできる内容になっていた。

 打楽器の響きに混じって、砂利を踏む靴音、子どもたちの高い声、自動車のエンジン音、駅のアナウンスなどのSEが雑多に聴こえてくる。特に、駅のアナウンスの頻繁な反復は、川村美紀子の作品を思い起こさせた。白い上着、裾の赤く染まったスカート、花柄の長いパンツといういでたちの海保は、多彩なしぐさを織りまぜながら、ゆっくりとした動きでプロジェクター前から反時計回りに会場を一周。出発点に戻ると、プロジェクターの強い光に顔をさらしてから仰向けに寝転び、ステージを対角線に横切って反対側のコーナーへ。そこから、中央スペースを使った動きの速いダンスへと移行した。ひとつひとつの動きに stop and go をかけつつのダンスが印象的。やがて、先ほどとは逆に、今度は時計回りにゆっくりと会場を回りはじめ、多彩な動きの形をはさみながら二面の壁の間までくると、ケンガリの響きが激しく打ち鳴らされるクライマックスへと突入、最後の場面では、観客に背中を向けて電球のともる窓の前に立ち、鳥が飛ぶように両手を後方に広げたまま、ゆっくりとからだを沈めていった。監視カメラ(の映像)とダンスの共演は、観客の一方通行の視線を複数化することにつながり、知らないうちにシステムから監視人にさせられるというより、むしろ現実の多面性を強調したもののように感じられた。

 映像展で特に印象に残るライヴ映像は、これは毎回そうなのだが、ダンサーの身体やその動きを、足もとの至近距離からとらえたものである。「等身大」がじつは実体ではなく、ひとつの概念であることの虚構性を暴露するこの機械的視線は、カフカ的なセンスの共通性から、小暮香帆『AQUA ZONE』公演(926日、神楽坂セッションハウス)で、天井にまで届く脚立の最上段近くまで登ったダンサーが、頭のすぐうえの電球に照らされて、ホリゾントの壁に巨大な頭部の影を投影した場面を思い起こさせた。両者の間にある相違は、光が生み出す壁のうえの影が、(ときには反転して「真実の姿」にもなるような)小暮の「分身」であるのに対し、一方のデジタル映像が映し出す身体(の影)が、いわば切り刻まれた身体、無数の切片のひとつ、断片の集積へと変質させられた身体だという点にある。思いかえせば、この映像展においても、プロジェクターと映像の間にはさまって生まれるダンサーの巨大な影は、つねに分身的実体として感覚されていた。身体から引き離すことのできない一対の存在である影と、機械的にいくらでも増幅可能な、本質的に無数の切断面を作り出す監視カメラの映像群。身体に投影される映像と、映像に投影される身体(の影)。映像と身体の間に生まれるデジタル/アナログなダンス。

 私たちの場合、ここでこうした対比が可能になるのは、この映像展の場に居あわせることで、監視社会がネット上に蓄積している無数の映像の外に出る(はみ出す)ような身体を、実際に持つからに他ならない。おそらく安保法案の強行採決に抗議する国会前デモでも、映像と身体をめぐって同じことが起こっているだろう。そのようにしてはみ出す身体は、映像展の場合、即興コラボレーションの手法によって、さらに身体の共同性へと開かれる契機が与えられている。しかし、おそらく公演の質を維持するためだろう、海保文江がダンスをあらかじめ振付けたように、現在のところ、そこにははみだした身体どうしの間にずれも存在し、合意によるひとつの共同性を結ぶまでにはいたっていないように思われる。最近のヒグマの映像展で使用される「監視カメラ」のテーマに引きつけていうなら、ミシェル・フーコーが描き出したシステム化された監視社会の存在を、私たちがそれと知らずに代行してしまっている可能性を、アートの社会的な機能のひとつである気づきによって、感覚レヴェルからむきだしにしてみせてくれる映像展であるが、その先に思考されるべきものが空欄になっているように思われるのである。それは意図された空欄なのだろうか、それとも現在のダンスやアートの限界を示すものなのだろうか。



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2015年9月23日水曜日

田辺知美ダンサ・ダンス Ⅱ「カリントン」


田辺知美 ダンサ・ダンス Ⅱ
カリントン
日時: 2015年9月22日(祝・火)
開場: 6:30p.m.、開演: 7:00p.m.
会場: 東京/中野「スタジオ・サイプレス」
(東京都中野区野方2-24-3|TEL.03-5345-5898)
料金/前売・当日: ¥1,500
出演: 田辺知美(舞踏)
協力: スタジオ・サイプレス


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 舞踏家の武内靖彦が主宰する中野スタジオ・サイプレスで、田辺知美のダンサ・ダンス・シリーズ第2弾『カリントン』が公演された。初回の『kimiko』が、ワンピースを水に浸すためにスチール製の容れ物を置いた床を分岐点に、三部構成の踊りで見せたのに対し、女性シュルレアリストの名前をタイトルに冠した今回は、演技の場所と身ぶりを限定して集中したダンスが踊られた。現代音楽や音響的即興で「リダクション」と呼ばれる手法に通じるものだが、広いステージの一部分を使うことで視線のフォーカスを観客から引き出す点は、映画的なクローズアップの戦略ともいえるだろう。一本の線の上を歩くようにして演技した前回とくらべ、今回は、動きの細部を前面化するような反復が取り入れられていた。動作の反復は、それとわからないように、ゆっくりと移行する身体の向きや仰臥と腹這いの姿勢、特に後半では、最後に立ちあがる直前の時間帯に、身体を二つ折りにしたどっちつかずな姿勢を維持しながらの回転などにあらわれた。こうした反復がダンスになることを免れていたのは、あるいは、ダンスの発生を水際で押しとどめていたのは、なにかを表現することのないまま、所在なさそうに床のうえを這い、みずからの身体に触れ、空中に爪を立てながら彷徨する二つの手、照明の加減で黒く見える、青緑色のマニュキュアをした十本の指の細かな動きだった。

 反復されないもの、反復できないもの、ダンスの発生を水際で押しとどめるこの動きを、逆接的に、「もうひとつのダンス」「他なるダンス」というふうに呼べるかもしれない。なかには「舞踏」と呼ぶものもいるだろう。ただ、身体をイメージでとらえる方法が舞踏だとすれば──少なくとも、舞踏における主力の方法のひとつだとすれば──そのような身体イメージを発生させるような動きは、田辺の踊りには存在しない。動きはダンスの境域(土地のさかい。境界内の土地)をめぐっていくだけである。観る人によって、床のうえでゴロゴロしているようにしか見えないのはそのためだ。『カリントン』で反復されないものは、もうひとつあった。髪で隠れたままの顔である。固有名が記されるこの身体の場は、たとえば、上杉満代のような踊り手には、究極のダンスの場としてあるが、本公演においては、床のうえで身体を横向きに起こしたとき、経過的な動きのなかで、まるで偶然のように髪の間からのぞいただけだった。細かな手の動きを前面に立てるホリゾントのような効果を果たしながら、後景に退いていた身体から抜け出してきた顔は、そのとき一回性の出来事としてあらわれたといえるだろう。最後に立ちあがったときも、顔は髪で隠れたままだったのである。

 公演の前半に展開されたのは、観客席の側に頭を向け、ステージ中央で仰向きに寝転んで両足を抱えるという、ダンスではもちろん、舞踏でもあまり見ることのない姿勢をとりながらの動き/踊りだった。胎児の姿勢に似ているが、あきらかにそれではない。動きの発展性に乏しい姿勢。もちろんこれは、田辺が自由な動きを封じるような条件をあえて選択したということであろう。この姿勢が維持された時間帯、髪で隠れたままの顔は、実際には、明々と照明に照らし出されていたのだが、私がそれを「顔」と感じなかったのは、(自由な手の動きを封じる)拘束衣のような身体の一部として、地のなかに埋没していたからではないかと思われる。顔は他者に対したとき顔になるというようなことであるが、本作品において、それはつねにほのめかされるものとしてあった。断片的な身体への注視は、男性の欲望が生み出すそれをはずれるような広い意味においても、なお「ポルノグラフィックなもの」といえるように思う。ベルメールやウニカ・チュルンを踊る小林嵯峨が、装置としての衣裳の装着によっておこなう身体の断片化に通じるものが、『カリントン』では装置なしで実現されていた。

 タイトルにある「カリントン」という画家/小説家の名前、あるいは、事前に「アンフォルムからフォルムへ時間と身体を紡ぐ踊り」を表明しているサブタイトルを、素直に公演のテーマと考えてよいのだろうか。さらに、シリーズ初回のタイトル「kimiko」が実母の名前であるように、田辺の踊りが日常生活と近接した場所で踊られること、深い関係を結ぶことになった人の記憶を機縁にしていることなども、かねてから知られているだろう。にもかかわらず、私たちがもしこれらを踊りによって「表現」されるものと受け取るとしたら、大きく間違ってしまうように思われる。こうしたことどもは、身体のうえに(表現ならざる)動きを誘発させるため、それが具体的な物であれ個人的な記憶であれ、身体の傍らに置かれることに意味があるからである。実際のパフォーマンスでは、誘発される身体のさまを、もうひとつの身体が冷静に観察するというような事態が同時進行している。観客の目前で、所属を持たない曖昧な動きによって、踊りを封じながら動かされる身体は、それらすべての外側に放り出され、記憶のどこを探しても見あたらない、今という時間を紡ぎ出すことになるだろう。あえてサブタイトルに関連づけていうなら、『カリントン』は、微細な十指の動きと消された顔だけが、アンフォルムとフォルムの間に宙吊りになって揺れていたような踊りだった。

 田辺知美の踊りにあらわれる動きに、制度化されたダンスの動きを相対化する日常的な動作という、ポストモダンダンス的な意味を見出すだけではもはや足りない。本公演にあらわれた、身体の動きそのものを阻むかのようにがっちりと組まれる両脚や、麻痺したように突っ張ったままの脚、あるいは、日常においてもそんなふうに動くことのない、そこだけ別の生き物のような不透明さを抱えた十指の動作などについて、その先を考えなくてはならない。田辺の場合、装置としての衣裳や化粧を使わずに実現される身体の断片化は、おそらく──そこが芸術ダンスの場であれ、日常生活の場であれ──両手が十指をもっておこなってきたことの再定義(手の別の使い方)、あるいは両脚がこれまで果たしてきたことの再定義、さらには顔が私たちにもってきた意味の再定義を、それぞれの場所においておこなうことで実現されているのではないかと想像する。予断になるが、実はこのことは、勅使川原三郎や黒沢美香のような、田辺とは似ても似つかないスタイルで身体を探究するダンサーたちにも起きている出来事ではないかと思う。踊りの要素としては、むしろ広く一般的におこなわれているため、かえって見えにくくなってしまっているのではないか。断片化された身体は、伝統的な舞踏の方法にみられる、広義の振付といえるような身体イメージによって再統合されることのないまま、パフォーマンスする身体のうえで、これまでとは別の関係性を築こうとしている。これを風通しのよい身体と呼んでもいいだろう。ダンスの刷新は、こうしたレヴェルまで身体を遡行していく作業と結びつくことで、初めて可能になるように思われる。


写真提供: 小野塚 誠  



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