2011年9月21日水曜日

デヴィッド・シルヴィアン──Blemish と Manafon の間2



デヴィッド・シルヴィアン
『ブレミッシュ』
 (Samadhi Sound:SS 001/P-Vine:PVCP-8775)
 曲目:1. Blemish 2. The Good Son 3. The Only Daughter
  4. The Heart Knows Better 5. She Is Not
6. Late Night Shopping 7. How Little We Need To Be Happy
8. A Fire In The Forest 9. Trauma(bonus track)
 演奏:デヴィツド・シルヴィアン(vo, g)
  デレク・ベイリー(g) クリスチャン・フェネス(electronics)
 解説:高橋健太郎
 発売:2003年12月23日


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 『マナフォン』の解説を担当した高橋健太郎は、録音当時まだ病の発症をみていなかったデレク・ベイリーが、2003年に発表されたデヴィッド・シルヴィアンのソロ第一弾『ブレミッシュ』に参加したことを、『マナフォン』の前史をなすものとして高く評価している。ポピュラー音楽を扱う評論家が、通常はまず語ることのない歌と即興演奏の関係性について、珍しく見解を述べた箇所なので、少し長くなるがまるごと引用してみることにしよう。

 ベイリーの死[2005年12月]によって、彼とシルヴィアンの歌が交わったのは「Blemish」の3曲が最初で最後になってしまった。しかし、その経験はシルヴィアンにとって巨大なものだったに違いない。というのも、この新作「Manafon」に耳を傾けると、随所にベイリーの影が見え隠れしているからだ。
 ベイリーの無調のインプロヴィゼーションに歌を乗せるという作業は、極めて難しいものだったに違いない。それを聞いた時に、僕が思い浮かべたのは、かつてトム・ウェイツがマーク・リボーをパートナーにして挑んだことだったが、ベイリーとシルヴィアンは彼らよりもさらに遠くへ、まだ見ぬ荒野へと無謀な歩みを進めたようにすら見えた。
 歌は歌であることによって、どうしても古典的な音楽イディオムに縛られる。あらゆる音楽イディオムから逸脱し続けるベイリーの演奏はその対極にあるのだから、本来、歌の伴奏にはなり得ないものだ。 
 だが、「Blemish」の3曲でデヴィッド・シルヴィアンはそれを成立させてしまった。(高橋健太郎「Manafon」解説3頁)

 歌と即興演奏について述べるこのテクストが、デレク・ベイリーやフリー・インプロヴィゼーションの通俗的なイメージ──「ベイリーの無調のインプロヴィゼーション」とか「あらゆる音楽イディオムから逸脱し続けるベイリー」というような箇所──のうえに立って書かれたものだということは、即興に親しんでいるものならすぐにわかるだろう。さらに、もう少し踏みこんで、即興ヴォイスに慣れ親しんでいるものならば、論じられるべきはデヴィッド・シルヴィアンの声であり、ヴァーチャルなベイリーとの共演において立てられた、針の穴にらくだを通すような彼の絶妙な戦略だということの見当もつくのではないだろうか。そもそも、いったいどのようにしたらベイリーの演奏を「歌の伴奏」として聴くことができるというのだろう?

 そして即興演奏の領域において、1990年代に起こった音響ムーヴメントを深く経験したものならば、シルヴィアンがまったく歌い方を変えていないにもかかわらず、2003年の『ブレミッシュ』と2009年の『マナフォン』の間には、驚くほど深い亀裂が横たわっているということが、はっきりと聴きとれるのではないだろうか。それは即興演奏にアプローチする際のモチベーションのありどころを変えた、まったく別の内容を持ったアルバムと言ってもいいほどのものである。

 デヴィッド・シルヴィアンが、フリー・インプロヴィゼーションの歴史をたどるDVD「Amplified Gesture」(56分)を、『マナフォン』のデラックス版に抱き合わせでリリースしたのも、伊達や酔狂でしていることではあるまい。六年という長いインターヴァルの期間をもうけながら、シルヴィアンは、即興演奏のパラダイム・シフトと呼ばれる歴史的転換点を調べあげ、かなり意識的に音楽制作に臨んだことは明らかである。それがデレク・ベイリー本人と、ポスト・ベイリーを生きるインプロヴァイザーたちの演奏に、言葉や声を重ね書きするしかたの相違となってあらわれている。



[初出:mixi 2010-04-25「David Sylvian:Blemish」]

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■ David Sylvian http://www.davidsylvian.com/