2011年9月11日日曜日

狐のお宿──天狗と狐と兎と和尚とキャプテン1



 <天狗と狐>のパフォーマンス中に、佳村萠が、野兎の着ぐるみ姿のまま数人の観客たちと散歩に出て、お土産にフライドポテトを買ってきたことや、トイレ側の通路に陣取った坂本拓也が、ステージで起こっていることとは没交渉的に、赤・青・緑のライトを、組みあわせを変えながら点滅させつづけていたことなどにあらわれていたように、「天狗と狐と兎と和尚とキャプテン」において、意図的でもあれば、偶然でもあるような出来事をひとつにまとめるような審級は用意されていなかった。MC役を務めた杉本拓の語りは、本来ならマスターのそれであるべきはずだが、限りなく独り言に近いものだった。

 そうであったにもかかわらず、出来事の同時進行を経験させるというのは、周知のように、ケージの「ミュジサーカス」を支えたコンセプトであると同時に、過去に影絵を “即興演奏” したような、<天狗と狐>シリーズを貫く逸脱精神を踏襲したものであり、さらにいうなら、選択においてより厳密な選球眼を働かせてはいるものの、木下和重がセグメンツ構造の内部で出来事を組みあわせる手法に通じるものでもある。

 ループラインにおける<天狗と狐>の最終公演において実現したこの無礼講は、いわば実験的無礼講と呼べるようなものだろう。換言すれば、(たとえそれが趣味から出たものであったとしても)無礼講がひとつのスタイルとして採用されたものであり、<天狗と狐>のふたりが自身に課した高いハードルとして働いたのではないかと思われる。すべてを経験していなくても、<天狗と狐>シリーズの公演のいくつかに参加していれば、「天狗と狐と兎と和尚とキャプテン」が、彼らが最後にたどり着いたひとつの(論理的)帰結に他ならないことが理解されるのではないかと思う。つまり、パフォーマンスの全体を見通させる審級の排除というのは、過去の<天狗と狐>を踏まえ、さらにそれを逸脱していくことで、パフォーマンス自体を(正しく)失敗に導くほど徹底したものとしておこなわれたのである。
 公演後になにひとつ残さないようなパフォーマンス、ああ、失敗だったといえるようなパフォーマンス、数々の意味をすり抜けてしまうパフォーマンスをどう実現するか、あるいは、上位審級をもたずに散乱する出来事のひたすらな増殖によって、エントロピーが極限に達したような<天狗と狐>版の「死について」とでも呼ぶべき公演が実現できるとしたら、それは行為においてどのような形をとるべきものなのか。なにを演奏し、なにをパフォーマンスすればいいのか。

 けっして事前に理論化することのできないその方向──木下和重のセグメンツ・プロジェクト同様、最後の晩餐を迎えた<天狗と狐>がむかったこの方向とは、ループラインという場所の終焉を現実的な条件とした、表現のリミットのことではないかと思われる。場所の喪失という危機感に支えられながら、この場で実現することのできたシリーズの時間を切断される瞬間に、初めてあきらかになる表現のリミットにむかって、最後の一走りをすること。これは内容的なものであれ形式的なものであれ、前回のパフォーマンスのたえざる更新という、シリーズ化によって可能になっていた数年間の持続する時間とは別の時間を生きることを意味している。──にむかって、彼らは走り通したと思う。

 散乱した出来事がうずたかく積まれていった会場の惨憺たるありさまは、暗闇のなかでのパフォーマンスが終了して、すべてが照明の光のもとにさらされたとき、会場いっぱいのゴミくずの山となって私たちの前に出現した。実際の話、<天狗と狐>の最後に残ったのは、廃棄物の一山なのである。パフォーマンスを意味づける<反芸術>も<反即興>も、すでにゴミの山に埋もれた破片として、そこに打ち捨てられている。
 あらかじめ失敗の約束されたパフォーマンスと、うずたかく積みあげられた廃棄物の山は、しかしながら、それらに価値がないことを表現するものではなく、すべてを価値の外に置く行為と考えるべきだろう。すなわち、重要なのは、時間的な順序も設定せず、空間的な関係性も構築することなく、同時進行する無数の出来事の散乱によって増大していったエントロピーが、パフォーマンスの意味そのものを喪失させていったとき、そこにむきだしになるもの──秋山徹次が燃やしたマイクロフォン、佳村萠がお皿に載せて配ったフライドポテトや野兎の着ぐるみ、空間を錯乱させる宇波拓の段ボール群、杉本拓が頭からかぶったゴミ袋、坂本拓也の坊主頭といったもの──を経験することなのである。おそらくはそれこそが、ループラインの閉店という特異な瞬間にふさわしい表現のリミットを、あるいは<天狗と狐>の終わりを、私たちに経験させるということの内実をなしているのではなかろうか。




[初出:mixi 2011-03-30「狐のお宿」]

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■天狗と狐と兎と和尚とキャプテン
 日時: 2011年3月25日(金)
 会場: 東京/千駄ヶ谷「ループライン」
  (東京都渋谷区千駄ヶ谷1-21-6 第3越智会計ビルB1)
 開場: p.m.7:30、開演: p.m.8:00
 料金: ¥2,200+order/25日26日通し券: ¥3,500+2orders
 出演: 杉本拓、宇波拓、佳村萠、坂本拓也、秋山徹次
 予約・問合せ: TEL.03-5411-1312(ループライン)