2011年9月12日月曜日

兎の背中──天狗と狐と兎と和尚とキャプテン2


 <天狗と狐>にとっての「最後の晩餐」となった「天狗と狐と兎と和尚とキャプテン」に居あわせたということは、観客もまた、しかるべき終焉と表現のリミットを経験するような特異な出来事のなかにいたということを意味するだろう。ひとつの場所の終焉というのは、それ自体、つねに希有な出来事である。散乱するパフォーマンスをひとつの作品へとまとめあげる上位審級がないこと、また、見る/見られる、聴く/聴かれるという感覚の制度を再生産するステージや客席を無視した会場のレイアウト、さらには、かろうじて空いている隙間にもぐりこむようだった観客たちは、小屋そのものが狭いために、美術的なインスタレーションのように、パフォーマンスからじゅうぶんな距離をとることのできる空間性を与えられなかったため、出来事を客観的に見聞きする余裕のないまま、ある眩暈の感覚とともに、すべてを内側から経験することになった。すなわち、ここでは、パフォーマンスの外部を構成することになる観客の視線に必要な距離もまた、あらかじめ排除されていたのである。
 ローソクの炎や懐中電灯の光がぼんやりとものの影を投げるだけの会場。暗闇のなかでのパフォーマンスは、いわば失明によって、こうした皮膚接触的な近さで物事が存在することの耐えがたさを、そこにいた人々に耐えさせるヴェールとして働いたのではないかと思われる。それと同時に、会場にならべられたものが、うずたかく積みあげられた廃棄物の山であることが最初からわかってしまったら、なにが起こるかわからないという謎を追うことで形作られる、しかるべき時間経験が構成されないという事情があったかもしれない。
 たしかにそれは、しかるべき終焉と表現のリミットを経験させるものだったのだが、しかしながらこの経験は、セグメンツ・フェスティバル「最後の晩餐」(3月6日)のあとにやってきた偶然の出来事──「セグメンツによって描かれる心のキャンバスも、もう前とは全然別物になってしまうのだろうか。」(木下和重)──によって、いささか複雑な様相を呈することになった。
 言うまでもなく、東日本大震災(あるいは東北関東大震災)と、そのあとに東北地方を襲った大津波による福島原子力発電所の炉心溶解と放射能汚染の恐怖は、日本だけでなく、世界がその渦中にいる、いまなお継続中の出来事であるが、この大災害によって私たちが経験しているのも、しかるべき終焉と表現のリミットと呼べるようなものではないかと思われる。私たちは、自分の生命を担保にして電力を買っていたのだという事実が、このようなショッキングな形で暴露されてしまったからには、かつてのような生活に戻ることはできないだろう。
 例えば、スラヴォイ・ジジェクは、経済恐慌や大津波のような破局的な出来事に際して、次のようなジャン=ピエール・デュピュイのテクストを引きながら、「プロジェクトの時間」という破局への対処法を論じている。
 大惨事は運命として未来に組みこまれている。それは確かなことだ。だが同時に、偶発的な事故でもある。つまり、たとえ前未来においては必然的に見えていても、起こるはずがなかった、ということだ。(……)たとえば、大災害のような突出した出来事がもし起これば、それは起こるはずがなかったのに起こったのだ。にもかかわらず、起こらないうちは、その出来事は不可避なことではない。したがって、出来事が現実になること──それが起こったという事実こそが、遡及的にその必然性を生みだしているのだ。
 わざわざこうしたことをいうのは、予測できない災害への対処法に触れたいからではなく、現在の私たちは、大なり小なり、しかるべき終焉と表現のリミットのなかで思考を強いられているということを指摘したいからである。
 「天狗と狐と兎と和尚とキャプテン」がおこなわれた場に居あわせた人々は、いわば何重にも入れ子状になった終焉のなかで(さまざまな終焉の内側にありながら)、あれらの出来事を経験したということなのである。会場のループラインに積まれた廃棄物の山が、大津波にさらわれ瓦礫と化した東北の町々の姿に重なることはもちろんのこと、パフォーマンスのなかで、宇波拓が「ドーン」と大声を出して段ボールを倒したとき、MCをしていた杉本拓は、すぐさま大震災に言及したのだった。杉本のこの言及は、重なりあったふたつの終焉が、事実として通底していたことの証言と考えていいのではないだろうか。思考や表現のこのような現代的条件のなかで、いったい私たちのなにが、しかるべき終焉と表現のリミットを越えていくのであろう。



※文中の引用は、スラヴォイ・ジジェク『ポストモダンの共産主義』ちくま新書852、筑摩書房、2010年7月、247頁-249頁。
※木下和重の言葉は、ツイッターのつぶやき(2011年3月22日)。




[初出:mixi 2011-03-31「兎の背中」]

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■天狗と狐と兎と和尚とキャプテン
 日時: 2011年3月25日(金)
 会場: 東京/千駄ヶ谷「ループライン」
  (東京都渋谷区千駄ヶ谷1-21-6 第3越智会計ビルB1)
 開場: p.m.7:30、開演: p.m.8:00
 料金: ¥2,200+order/25日26日通し券: ¥3,500+2orders
 出演: 杉本拓、宇波拓、佳村萠、坂本拓也、秋山徹次
 予約・問合せ: TEL.03-5411-1312(ループライン)