2011年9月14日水曜日

和尚のライト──天狗と狐と兎と和尚とキャプテン4


 私たちに思考や表現を強いるもの、むしろそれがあるからこそ思考や表現が可能になるようなものでありながら、おもてだっては強制と受けとめられていない、意識されざる時代の枠組がある一方で、<天狗と狐>の廃棄物の山のなかで経験された、一見とるにたりないものの数々──すでに例示したように、秋山徹次が燃やしたマイクロフォン、佳村萠がお皿に載せて配ったフライドポテトや野兎の着ぐるみ、空間を錯乱させる宇波拓の段ボール群、杉本拓が頭からかぶったゴミ袋、坂本拓也の坊主頭など──は、私たちの経験に、いったいなにを投げ与えているのだろう。

 少し迂回路をたどってみることにしよう。せんだって、やはりループラインでおこなわれたフォーラム・シリーズ「実験音楽を語る」の最終回で、即興演奏をテーマにしたとき、司会役をつとめた私は、個々の演奏家の話を引き出すため、何度聴いたあとでも決して慣れてしまうことがないものとして、異質なサウンドを結合する今井和雄トリオにおける蛍光灯の光の存在とか、中村としまるのミキシングボードが、ときに鼓膜をじっと指で押すような強い音圧を感じさせることなどについて述べた。いずれもCDには記録できないため、ライヴでしか経験することのないものである。フォーラムのなかで、これらのエピソードは主観的な印象として処理されてしまったため、そこから話を発展させることができなかったのだが、こうしたなりゆきは、おそらく(アナロジーとしても視覚を通過しない)皮膚感覚での受けとめ方が、私たちの間では、いまだパーソナルな領域に配分されているからではないかと思われる。

 しかしながら、いまや私たちは、皮膚もまた公的な感覚領域であると言わなくてはならないだろう。しばしば指摘されるように、近代において猛威をふるった視覚の優位性が、皮膚のおこないを、私的な──あるいは女性的な──領域に封じこめ、抑圧しているだけの話だからである。皮膚感覚によって媒介されるこれらのものを、音楽の文脈に移して、意識から排除されがちなサウンドを受けとめる微分的な(触覚的な・皮膚解析的な)聴取のありかたと呼んでもいいだろう。

 即興論で話題にしたこのふたつの出来事を、演奏が(音楽として)閉じていってしまうことを妨げるもの、あるいは、譜面に代表されるような、近代的な視覚優位の感覚アレンジメントから生まれた形式化を、どこまでも逃れていくような出来事、すなわち、観客に表現のリミットを経験させるものとしてとらえると、「天狗と狐と兎と和尚とキャプテン」において経験された一見とるにたりない出来事の数々も、これとよく似ているように思われる。ここからあの暗闇で起こった出来事の謎を解いていけないだろうか。

 ただ、前述したように、後者においては、パフォーマンスの形式化を可能にするような上位審級──すなわち、すべての出来事の上位にあり、全体をまなざすことで個々の出来事の意味づけを可能にする視覚の権威──が、あらかじめ排除されている。つまり、これらの出来事は、音楽的なるものが荘厳に鳴り響いているようなコンサートの場でも、また視覚を奪われた人間たちが、暗闇のなかを手さぐりではいまわっているだけのような場でも──すなわち、音楽/非音楽の境界線を横断して──表現のリミットにわずらわされることなく、私たちの感覚になにごとかを刻印し、輝くことができるようだということである。

 ジョン・ケージならば、<サイレンス>と呼び、<ノイズ>と呼ぶところであろうが、これらの言葉は、すでに謎ではなく理念なので、ケージ音楽との差異の測量が、私たちの現在位置を確認させるという利点はあるにしても、それらはむしろここで私たちが上位審級と呼んでいるもののひとつなのではないかと思われる。木下和重のセグメンツ・プロジェクトなら、ポスト・ケージの文脈で語れるかもしれないが、「天狗と狐と兎と和尚とキャプテン」においては、「パフォーマンスを意味づける<反芸術>も<反即興>も、すでにゴミの山に埋もれた破片として、そこに打ち捨てられている。」出来事の背景をなすコンテクストは、すでに音楽や美術の制度ではなく、しかるべき終焉の数々なのである。私たちは終焉に立って、“さかしまに” 語ることを強いられている。


[初出:mixi 2011-04-02「和尚のライト」]

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■天狗と狐と兎と和尚とキャプテン
 日時: 2011年3月25日(金)
 会場: 東京/千駄ヶ谷「ループライン」
  (東京都渋谷区千駄ヶ谷1-21-6 第3越智会計ビルB1)
 開場: p.m.7:30、開演: p.m.8:00
 料金: ¥2,200+order/25日26日通し券: ¥3,500+2orders
 出演: 杉本拓、宇波拓、佳村萠、坂本拓也、秋山徹次
 予約・問合せ: TEL.03-5411-1312(ループライン)