2011年9月16日金曜日

狐の怨霊──天狗と狐と兎と和尚とキャプテン6


 杉本拓の異装、宇波拓の段ボールなどを、彼らが頻繁に使用する方法論のひとつとみなすことで、「天狗と狐と兎と和尚とキャプテン」を、いかにも杉本拓らしい、いかにも宇波拓らしい──以下、その他の参加者について同様にいうことができる──パフォーマンスを寄せ集めたものと考えることができるし、実際そのように感じる観客がいたかもしれない。たしかにそれらは、ループラインにおけるシリーズ・コンサートのなかで、形をなしてきたように思われるからである。

 しかし、過去の記憶を参照し、そこで起こったことに優先してパフォーマーの存在を前面に立てる解釈は、モダンな “作家主義” を受け継ぐものであろうし、実際の公演で私たちが体験した時間の特異性だとか、予想のつかない廃物化といったもの、すなわち、このパフォーマンスがもっていた出来事の物質性とでもいうべき位相を、無視することにつながってしまう。もしこの公演がコンセプチュアルな実験だったとしたら、方法について論じることが重要になるかもしれないし、実際に、方法論的なアプローチがもちこまれていたのも事実である。しかしながら、それらとともに同時進行していたすべてのものの廃物化によって、そこに居あわせた人々が経験することになった特異点とは、東日本大震災という未曾有の災害が、ライヴハウスの内外を越えて照応してしまうような、終焉の時間を生きることであり、個々のパフォーマンスを意味づける上位審級(メタ・レヴェル)をもたないという意味において、観客に表現のリミットを経験させるようなものだったと思う。批評が記述するにたるべきものとは、このときをおいては回帰することのない、こうした生の特異点ではないだろうか。

 逆にいうと、こうした時間の特異点を十全に──正確にいうなら「内在的に」──生きるということが、自分がいま経験している時間の質を、どのようなものとみなすかという問いを生みだすのではないかと思われる。というのも、私たちは死を直接的に経験することができないため、デュピュイの災害論がいうように、どのような災厄のときにあっても、自分たちにはまだ終焉がやって来ていないと思いこみたがる傾向をもっているからである。

 自分は、自分だけは、つねに終焉の一歩手前にいて、そのことを回避できると信じている。あるいは死に関してはすべてが他人事で、自分は無関係だと思っている。おそらくその根底にあるのは、出来事によって本当に自分が変わってしまうことに対するおそれではないかと思われる。そのことが、すべき経験に踏みとどまるべきときに私たちを眠りこませ、現実を見誤らせる。昨日と違う私を構想するというのは、それほどにしんどい作業なのだ。しかるべき終焉の地点から “さかしまに” 語るというのは、こうした一般的な傾向に対する抵抗なのである。

 そうしたことがある一方で、この公演から二日後のお別れパーティーに出席者した今井和雄は、祝宴が終わるころ、ミュージシャンひとりひとりのこれからの活動のしかたが、ループラインがどういう場だったかを、最初に意味づけることになるわけだから、そのようになるように活動していかなくてはいけないというような内容の話を、餞別の言葉として述べていた。これは出来事の歴史化について述べたもので、先をいくものとしての彼自身のこれまでをふりかえっての発言でもあったように思われる。

 名前が残ることについては、別の側面もある。かつてのオフサイトがそうであったように、他人による伝説化や権威化がはじまるということだ。例えば、アンダーグラウンドなものの歴史化は、即興演奏をめぐる現在の議論ひとつ見ても、特別な視点から見られた特別な物語でしかないように思われる。そこで語られるのは、いたって痩せた歴史でしかない。そうした偏向を回避するためには、その場に居合わせたものが出来事に踏みとどまり、語りつづけるしかないだろう。

 「天狗と狐と兎と和尚とキャプテン」をレヴューするなかで気づいたことがひとつある。それはループライン終焉の後を生き残るもののひとつに、いくつものコンサート・シリーズを主催していたミュージシャンたちが、お互いの活動を照らし出しあっていたことからくる、けっしておもてだたない共同性のことである。ループラインでの活動期間中に、こうした関係性は、実際の共演に発展することもあっただろうし、オリジナルな活動に対するヒントとして働いたこともあっただろう。どちらが大きいといえない、入れ子状になったいりくんだ複雑な影響関係は、からまりあって容易に解きほぐすことができない。ここで演奏したすべての演奏家にいえることではないにしても、長い時間をかけて形作られたこの照応関係は、彼らにとってひとつの財産と呼べるようなものであり、ループライン以後を見ていくときの大きな指標となるに違いない。■


【初出:mixi 2011-04-04「狐の怨霊」】

-------------------------------------------------------------------------------

■天狗と狐と兎と和尚とキャプテン
 日時: 2011年3月25日(金)
 会場: 東京/千駄ヶ谷「ループライン」
  (東京都渋谷区千駄ヶ谷1-21-6 第3越智会計ビルB1)
 開場: p.m.7:30、開演: p.m.8:00
 料金: ¥2,200+order/25日26日通し券: ¥3,500+2orders
 出演: 杉本拓、宇波拓、佳村萠、坂本拓也、秋山徹次
 予約・問合せ: TEL.03-5411-1312(ループライン)