2011年9月17日土曜日

crimson lip 深紅唇



アラン・シルヴァ - ヒグチケイコ -
豊住芳三郎 - 谷川卓生
 『CRIMSON LIP 深紅唇』
(Improvising Beings, IB-08)
 曲目:1.Crimson Lip / 深紅 唇(61:38)
 演奏:アラン・シルヴァ(b, p, synth)、ヒグチケイコ(vo)
  豊住芳三郎(ds, perc, 胡弓)、谷川卓生(g, electronics)
 録音:2009年8月29日
 場所:神奈川/横濱「エアジン」
 取扱:Bishop Records/EXIP-0050
 発売:2011年10月14日




 即興演奏は、すでにかなり以前から、すべての音楽ジャンルの外に脱出するただひとつの方法というような特殊なものではなくなっていて、ジャズの内部がサブジャンルに細分化し、ロックの内部がサブジャンルに細分化することで解体していったのと同じように、長い音楽の歴史が世界の各地域で誕生させてきた多種多様な音楽イディオムを、自由に引用しながらおこなうごくごく日常的な作業というようなものになった。その意味では、即興演奏もまた、その内部をたくさんのサブジャンルに細分化することで解体していったというようにいうことができるだろう。周知のことではあるが、音楽が成立するために必要な特権的な瞬間というものを、それは、かなり以前から、すでに生めなくなってしまっているのである。かつて即興演奏を定義していた前衛性であるとか、未踏の海に船出する音楽の冒険ということでいうなら、現代の即興演奏は、むしろかなり保守的な領域というほかない。

 そのような即興演奏において、いま問われているのは、世代間の対話であり、ジェンダー問題の意識化ではないかと思う。いずれも、前衛の役割を担ってきたこれまでの即興演奏では、あつかわれることのなかったものだ。そうしたテーマを引き寄せることで、すでに伝統化した演奏構造に依拠しながら、あるいは即興の伝統を盗用しながら、いまもなお日々を新たにする感覚の生産がおこなわれうるのである。

 2009年の夏、ギタリストの谷川卓生が組んだアラン・シルヴァの日本ツアーのうち、横濱「エアジン」でおこなわれた最終公演は、日本フリージャズの草創期を担ったドラマーの豊住芳三郎と、特異なヴォイスとパフォーマンスでオリジナルな時空間を切り開くヒグチケイコを招いた特別セッションだった。カルテットの演奏を60分にまとめた『crimson lip 深紅唇』(Improvising Beings)は、オーソドックスなギター演奏からエレクトロニクスまでという谷川の幅広い語法に象徴されるように、微細な色彩を寄せ集めたサウンドが、つづれ織りになって急流をくだっていくというような集団即興が展開されている。ヒグチがヴォイスにかけるループなどのエフェクター類、1980年代以来来日する機会がなく音楽ファンの間でほぼ伝説と化していたシルヴァが、主要楽器であるベース以外にも演奏するピアノやシンセサイザーのサウンド、いつもながらのエネルギッシュな演奏を聴かせる豊住が、しばらく前から演奏に取り入れている胡弓の響きなど、『crimson lip 深紅唇』は、カルテットが生みだすサウンド宇宙の無窮動の動きを前面に押し出したものといえるだろう。

 しかしたとえば、古参兵たちがもっている極上のジャズの古びた感覚は、シルヴァと豊住のデュオに特権的にあらわれるし、ヒグチケイコがテーマにしている身体的なエロスをつかまえるには、どうしても視覚的な要素を欠くことができない。そのような異質なるものについては、これは明らかにメディアの限界というものがあり、残念ながら、本盤には定着されていない。そのようなさまざまなる外部をうちに秘めたネットワークの全体を表現するものとして、この集団即興があると受けとるべきだろう。■

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■ Improvising Beings http://www.improvising-beings.com/



■ Bishop Records http://www.realarts.org/