2011年10月28日金曜日

志願兵・柴咲コウ


 周知のように、女優の柴咲コウは、歌好きがこうじて歌手業にも手を染めている。女優の歌といえば、雰囲気づくりで形から入っていったり、物語を生きる歌の主人公を演じたりと、お得意の俳優業に引きつけて歌をこなすケースが圧倒的に多いが、柴咲コウの場合、音楽の才能にも恵まれて、歌がオリジナルな声の文体を獲得しているため、大きなヒットソングこそないが、ソングライターたちからいくらでもいい作品が集まってくるという、創造的な環境に恵まれている。

 その彼女が、4月27日に、被災地である宮城県気仙沼市本吉町にある避難所をひそかに訪問し、炊き出しに参加してひたすら焼きそば用のキャベツを刻んだり、おみやげに持参したお菓子や日用品をプレゼントしたり、記念写真の撮影やサインの求めに気軽に応じたという。いくら本人が気さくな人柄とはいえ、いっしょにならんで料理することになったボランティアの青年は、気が気ではなかっただろう。マスコミに伏せられていたため、カメラやレポーターの同道はなし。そのため彼女の訪問を知らせるものは、避難所にいた被災者の話や、いっしょに撮影した記念写真などだけである。

 ひとりの女優が、なんという行動力だろうと思う。それは彼女の即興演奏というべきものであり、どうせ被災地を訪問するなら、内実のあることをしたいという、真のボランティア精神の発露に他ならない。災害に遭われた方たちに、なにかを恵み与えてお礼を言わせるというようななりゆきを避け、ただいっしょにいることを優先するという態度。この種の美談は、どうしても芸能ニュースとしてのあつかいになるため、すべてのチャリティー・コンサートがそうであるように、行動がどんなに純粋な気持ちから出たものでも、売名行為とみなされる可能性を排除することができない。おそらくそうしたことを黙って引き受けつつ、ただひとり被災地に飛びこんだ柴咲コウは、いたって健康な精神の持ち主だと思う。


[初出:mixi 2011-05-02「志願兵・柴咲コウ」]