2011年10月10日月曜日

mori-shigeの休業宣言ライヴ

3 DUOS + TRIO | 左からmori-shige、Gianni Gebbia、Hugues Vincent

3 DUOS + TRIO
ジャンニ・ジェッビア / ユーグ・ヴァンサン / mori-shige
日時: 2011年10月9日(日)
会場: 東京/祖師ケ谷「カフェ・ムリウイ」
(東京都世田谷区祖師谷4-1-25)
開場: 6:30p.m.,開演: 7:00p.m.
料金: 投げ銭制(入場無料)
出演: mori-shige(cello)
ジャンニ・ジェッビア(sax) ユーグ・ヴァンサン(cello)
問合せ: Cafe Muriwui TEL.03-5429-2033


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 独創的なインプロヴァイザーとして活動してきたチェロ奏者のmori-shigeが、私的な事情からしばらく音楽の現場を離れることとなり、その休業宣言となるライヴが、このところ毎年のように来日しているサックス奏者ジャンニ・ジェッビアとチェロ奏者ユーグ・ヴァンサンをゲストに、祖師谷のカフェ・ムリウイでおこなわれた。誰もが来やすいように、誰でも誘いやすいようにと、これまでmori-shigeが採用してきた投げ銭方式による公演となった最後のライヴは、事前に休業宣言が伝えられていたこともあり、mori-shigeゆかりの人々で満席の状態となった。

 タイトル通り、ライヴの前半は、mori-shigeとジェッビア、ジェッビアとヴァンサンの組みあわせで、また後半は、mori-shigeとヴァンサンの組みあわせによる3つのデュオ演奏のあと、コンサートの最後に全員が顔を揃えるという構成は、即興セッションによくある30分一本勝負のような長々とした体力勝負を避けた、いたってシンプルなものだった。

 このシンプルさは、おそらく誰よりもmori-shigeが必要としているもので、というのもそれは、彼の演奏に聴かれる裸のサウンドの直接性や、絶対的スピード感などに直結したものとなっているからである。同時に、多くを説明せずして、彼が求めている感覚世界がどのようなものであるかを、聴き手にたやすく共有させるものにもなっている。伝統的な即興演奏における対話の活発さ、複雑さを描いてみせるより、サウンドの感応力を提示すること、あるいは耳をその一点に集中させること、といったらいいだろうか。

 本人は考えたこともないだろうが、私はこれが、意外にも、アルバート・アイラーのスピリチュアルなヴァイブレーションに通じているように感じる。フリージャズというジャンルをくぐり抜けるのではなく、感覚が欲望するままにふるまって、アイラーと似たような場所にたどり着いているmori-shigeの演奏は、現在活躍している日本のインプロヴァイザーのなかでも、希有のものと言えるだろう。

 準備のはじまる一時間以上前から、mori-shigeとヴァンサンのふたりは会場入りし、屋上のテラスを利用したカフェ・スペースで、お互いの近況を語りあっていた。サウンドチェックにもじゅうぶんな時間をとり、(いつものように?)バッハの作品を合奏して意識をチューニングしながら本番にそなえる。ジェッビアはなかなか現われない。やがて開場とほぼ同時に到着したジェッビアは、禅宗の修行僧らしく作務衣を着用し、頭を短く刈りこんでさっぱりとした身なりをしていた。下手にmori-shige、上手にヴァンサンが陣取る布陣の中央に、本日のゲストとして迎えられ、デュオ演奏では立ったまま、トリオ演奏では椅子に座って演奏した。

 即興セッションにおいて、ジェッビアは演劇の場面が交代していくような、それなりに構成のあるひと連なりの展開を求め、mori-shigeとヴァンサンは、瞬間のサウンドの提示だけですべてが表明されるような音のありかたを望んでいた。後者の演奏においては、展開は必ずしも必要とされない。ジェッビアの演奏の基本にあるのは、ジャズを尾骶骨にもつような展開のある演奏で、どこまでも表現的なものである。それと対照的に、mori-shigeの演奏にあるのは、もっと内観的なものといったらいいだろうか、説明はむずかしいが、自分の内面をくまなくサーチするための釣り針として響きを使うような演奏で、ありようにおいてはジェッビア以上に禅的なものだと言えるように思う。あるいは、ジェッビアが日本で禅宗を学んだということを考えれば、彼我の間に、禅的なるものに対する考え方の相違があるのだろうか。こうした両者の間に立ち、陽気で快楽的なヴァンサンの演奏は、ふたりの資質とはまったく別のものでありながら、表現的な演奏を展開していくジェッビアにも、瞬間瞬間におのれを開くmori-shigeの求心性にも寄り添えるような多面性、雑食性を持ちあわせたものだった。

 ここ数年の共演を経てきたmori-shigeとヴァンサンのデュオには、お互いにすることもしたいことも知れているどうしの親和力が働き、この即興セッションは、さらなる演奏の多様性を求め、そこからさらに一歩を踏み出すために、ジェッビアを招くという形になっていたと思う。即興セッションというのは、いつでも、どこでも、誰とでもやることができるが、自分(の音楽)を開いたり、あるサウンドの深みにまでもろともに沈みこんでいくには、修練もいれば、そのことを可能にしてくれる特別な友人も必要だ。

 この日のライヴをもって、mori-shigeはしばらく現場を離れることになるが、その期間が思いのほか長くなり、数年後の復帰ということになった場合でも、これまでに積みあげてきたユーグ・ヴァンサンとの関係性は、すでにそこからいくらでも音楽を積みあげていくことのできる堅固な土台となっているように思われた。

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カフェ・ムリウイ http://www.ne.jp/asahi/cafe/muriwui/