2011年10月31日月曜日

伊津野重美:フォルテピアニシモ Vol.6


伊津野重美:フォルテピアニシモ Vol.6
~届かないかたち~
日時: 2010年11月3日(水・祝)
会場: 東京/吉祥寺「スター・パインズ・カフェ」
(東京都武蔵野市吉祥寺本町1-20-16 トクタケ・パーキング・ビル B1)
開場: 00:30p.m.,開演: 1:00p.m.
料金/前売: ¥2,500、当日¥3,000+order
出演: 伊津野重美(朗読) mori-shige(cello)
予約・問合せ: TEL.0422-23-2251(スター・パインズ・カフェ)


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 歌人の伊津野重美(いつの・えみ)が主催する朗読会「フォルテピアニシモ」の第六回公演が、吉祥寺のスター・パインズ・カフェで開催され、チェロ奏者の mori-shige がゲストに迎えられた。「フォルテピアニシモ」への mori-shige の参加は、すでに複数回におよび、たんに詩の朗読にふさわしいサウンドが欲しいというだけではなく、言葉にふるえるような固有の感受性を発揮する伊津野重美が、ステージに立っていて安心できる、選ばれた演奏家ということのようであった。さらに、mori-shige が参加した第一部の冒頭では、鬼にこずかれて地獄を裸足で歩く小さな兄弟が、仏の言葉で救われてゆくという宮沢賢治の童話「ひかりの素足」が朗読されたのだが、宮沢賢治は mori-shige も深く共感することのできる文学者のひとりだという。「セロ弾きのゴーシュ」の作家ということも縁起のひとつをなしているだろうか。つまり、伊津野重美の朗読は、mori-shige の世界をも照り返すようなものになっているのである。

 「フォルテピアニシモ」において、インプロヴィゼーションのライヴよりずっと小さなサウンドで奏でられた mori-shige のチェロは、いつもと変わらずに逸脱的なノイズでありながら、即興的な自己表現をおこなうことなく、朗読によって出現する言葉にサウンド環境を提供し、伊津野の声にそっと寄り添い、詩の内容を音でわかりやすく解説するようなものであった。即興演奏では聴くことのできない mori-shige 音楽のもうひとつの側面が、こうしたところにあるのかもしれない。

 朗読によって言葉を過酷なまでにサウンド化していく吉増剛造のパフォーマンスなどとくらべると、和歌という伝統的な文学スタイルによって言葉を彫琢してきたからであろう、「フォルテピアニシモ」の世界は、様式化されたオーソドックスなものだった。宮沢賢治、立原道造、高村光太郎といった先人たちの言葉に声を投げかえし、歌集『紙ピアノ』の世界を語りにもたらし、昨年他界したという詩友の笹井宏之に追悼を捧げる。

 歌人と演奏家は、暗転をはさんで、突然、まるで亡霊のようにステージに姿をあらわすだけで、来場してくれた人々に挨拶するために、会場を歩きまわったりはしない。日常性は遠ざけられ、すべては言葉に捧げる行為として演出されているのである。何度となくくりかえし詩人のからだをくぐり抜けた言葉が、ある種の聖痕を帯びて生まれてきたことを人々に知らしめるために、「フォルテピアニシモ」は様式性を必要とし、同時に、言葉を丁重に迎えるための儀式性を必要とする。そのような場所のつくり方というものを、ひさしぶりに体験したように思う。言葉が限りなく軽くなっていき、気がつかないうちに、現実感覚さえも麻痺していくようなインターネット時代において、このように身体と強固に結びついた濃密な言葉の場が生きられていることをしることは、大きな喜びでもあれば驚きでもあった。

 先行した mori-shige のチェロ弾奏に励まされながら、最初に声が言葉に触れようとする瞬間にみせる、ステージのうえの伊津野重美のためらいとおそれ、あるいは喜びと絶望、熱い飲物に触れたときの感覚を痛さとして受けとめる唇のふるまいがとても印象的だった。生と死にむきあい、その重さを計量するはかりのような言葉、いちど外に出てしまえば、とりかえしのつかない出来事として人々の心に渡されていく言葉のこわさというものを、伊津野重美はからだに刻みこんでいるようであった。出来事のことをいうなら、伊津野重美がそこにいるということが、すでにひとつの出来事なのだろう。








伊津野重美+写真・岡田敦『紙ピアノ』
(風媒社、2005年12月刊)


[初出:mixi 2010-11-17「伊津野重美:フォルテピアニシモ」]


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スター・パインズ・カフェ http://www.mandala.gr.jp/spc.html

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※本年度の「フォルテピアニシモ」が、場所も日付も時間もおなじスターパインズで開催されます。よろしければ日程をご確認のうえ、実際の声やパフォーマンスに触れてみてくださればと思います。(北里)