2011年11月4日金曜日

小冊子・ジャズとワールド・ミュージックの微妙な関係


小冊子・ジャズとワールド・ミュージックの微妙な関係
発行: 2011年10月29日
編集: 須川善行 編集協力: 田中ますみ
写真: 金子山 デザイン: 細谷麻美
印刷・製本: イニュニック
非売品

【Contents】
プログラム
ごあいさつ
関口義人・後藤雅洋プロフィール
minga プロフィール
Salle Gaveau プロフィール

■トーク・ゲスト プロフィール
ジャズ
佐藤英輔中山康樹村井康司
ワールド・ミュージック
栗本 斉山本幸洋松山晋也北中正和ピーター・バラカン

■アンケート「生涯のミュージシャン・10人」
【ワールド・ミュージック】
五十嵐正|石田昌隆|サラーム海上|海老原政彦|大石 始
岡本郁生|久保田麻琴|斉木小太郎|真保みゆき|関谷元子
高橋 修|高橋健太郎|高橋政資|中原 仁|西尾大作
野崎洋子|原田尊志|船津亮平|宮子和眞|吉本秀純
【ジャズ】
伊藤八十八|大谷能生|岡島豊樹|金丸正城|北里義之
熊谷美広|杉田宏樹|瀬川昌久|副島輝人|高野 雲
行方 均|林 建紀|原 雅明|原田和典|福島恵一
藤岡靖洋|藤本史昭|古庄紳二郎|マイク・モラスキー|横井一江

いーぐる連続講演・音楽夜噺 予告


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 10月29日(土)30日(日)の二日間にわたり、関口義人と後藤雅洋の声かけで、これまであまり共同作業をすることのなかった音楽評論家たちが一堂に会して、ジャズとワールド・ミュージックについて議論を交わす音楽シンポジウム「ジャズとワールド・ミュージックの微妙な関係」が開催された。

 シンポジウムを記念して小冊子が編集され、公演プログラムや出演者プロフィールなどの他に、パネラーとは別枠で、総勢40人の音楽関係者に「あなたにとって生涯のミュージシャンを10人あげるとしたら?」というアンケートがおこなわれた。ミュージシャンが分類される音楽ジャンルは、テーマになっているジャズやワールド・ミュージックに限らず、なんでもよいとの内容だった。ふたりいる主催者のうち、後藤雅洋氏から依頼を受け、私自身もジャズ・サイドにピックアップされる形で、10人のミュージシャンを選出し、選択基準について書いた短文を寄稿した。基準はシンプルなもので、ひとつはその音楽をいまもくりかえし聴きつづけていること、もうひとつは、一般的な音楽史ではなく、耳の個人史に密着してはかられたミュージシャンの重要度に準ずるというものだったのだが、収録された文章を読むと、必ずしもそのようなものでなくてもよかったようだ。サウンドそれ自体ではなく、音楽によって「生涯の10人」を選択すれば、最終的には音楽が生育することになった時代や地域や伝統を、ひいては特定の音楽ジャンルを参照することになるだろうが、周知のごとく、現在ではその参照領域が大幅に拡大している。

 ふたつの音楽領域の関係が微妙であるだけではない。小冊子の表紙を飾るふたりのオヤジ評論家の服装も、また目線も怪しく「微妙」だし、抱きあいたいのか避けているのか、ふたりがとりあっている距離もぎこちなく「微妙」、撮影された場所も「微妙」なら、写真のトリミングもかなり「微妙」で、天候までが、晴れているのか曇っているのか、半袖のTシャツで暑いのか、ジャケットを羽織るほど寒いのかよくわからず、頭を抱えてしまうほど「微妙」である。いたってぼんやりとしたこの映像が、曖昧模糊とした「ジャズとワールド・ミュージックの微妙な関係」の表現ということなのだろう。あるいはこんなふうに言えるだろうか。「微妙な関係」の決定的瞬間を盗撮したところに出現するはずの “この瞬間” を欠いた焦点の定まらない写真は、モダン・フォトグラフィーの美学から遠くはなれたものであり、その意味では、瞬間によって成立するジャズの即興性からも遠くはなれた音楽の現状認識が語られたものであると。

 「ジャズとワールド・ミュージック」という対立軸は、ふたりの音楽評論家がよって立つ立場というより、そのような微妙で、曖昧な聴取環境のなかに、それ自身はモダニズムを出自とする、あるいは近代の伝統であるような「伝統と近代」という思考の枠組みをもちこむものと評価できるのではないかと思う。何度となくビートルズやボブ・マーリーがあげられていたとしても、ロックはここでは対立ジャンルとして措定されない。もしかするとロックこそが、両者を昇華した音楽形態かもしれないのに。近代が伝統を蚕食し、伝統が近代を再措定する、ポピュラー・ミュージックにおいてそのような戦闘的な場面はすでになく、即興はかならずしも伝統の切断を戦いとるものではなくなったいま、そのことによってむしろ対話的関係を失った伝統と近代は、「モダン・トラディショナル」という言葉が一語として認識されるような混交状態から飽和状態へと帰結しつつある。「ジャズとワールド・ミュージックの微妙な関係」が射程距離におさめているのは、そのような聴取環境でもあることを見逃してはならないだろう。