2011年11月8日火曜日

伊津野重美:フォルテピアニシモ Vol.7


伊津野重美:フォルテピアニシモ Vol.7
~ wish ~
日時: 2011年11月3日(木)
会場: 東京/吉祥寺「スター・パインズ・カフェ」
(東京都武蔵野市吉祥寺本町1-20-16 トクタケ・パーキング・ビル B1)
開場: 00:30p.m.,開演: 1:00p.m.
料金/当日: ¥3,000+order
出演: 伊津野重美(朗読) 田中 流(写真)
制作: 赤刎千久子
予約・問合せ: TEL.0422-23-2251(スター・パインズ・カフェ)


♬♬♬


 回廊は、生命の回廊につらなり、伊津野重美によって一年に一冊編まれる私家版の詩集『生命の回廊』の目次裏に記されてあるように、詩友たちとともにその歌を守るいまは亡き歌人・笹井宏之の作品からとられたものである。笹井は詩のなかで、生命の回廊を「生命の回廊」と表記し、それが引用であること、彼もまた、この言葉をどこからか譲り受けたものであることを示している。回廊は人をめぐらす。それは誰のものでもなく、人をめぐらすことで時をめぐらすラビリンスのようなものである。生命の回廊は、人がつねにそこに回帰してくる遺伝子の螺旋階段のようなもの。無限につづく螺旋階段をたどり、生きかわり死にかわりしながら、何万年を費やしても、生命はまた同じ場所で出会いを重ねる。そのように生きるということを、そのように生きたいという思いを、伊津野重美は、その日にあわせて同人誌を編み、場所も時間もそろえた朗読会を開くことで、この人生に刻みこもうとしているように思える。

 この回廊におけるふたたびの出会いに、よんどころない事情で音楽活動から離れることになった mori-shige は不在だった。歌人であれ音楽家であれ、伊津野にとって共演者は、つねに共演者以上の存在でなくては共演者と呼ぶに値しない。第一部、第二部あわせて80分ほどのパフォーマンスには、言葉の強度をきわだたせるために、お芝居の場面転換を思わせるような、あるいは書籍の章立てを思わせるような、ある種のドラマツルギーを備えた構成がほどこされているのだが、それはまさしく言葉と音楽がやってきたあの劇的なる世界(悲劇)を、すなわち、声や響きをあらしめることが、そのまま人間を超えるものがやってくるための道を開く儀式となるような空間を指し示している。そこでは、痛みが語られ、悲しみが語られ、死者が語られる。むきだしになる感情、捧げものとしてのサウンド、時間の絶対的速度、そのようなものを神降ろしするために、mori-shige のチェロは、これ以上ないパートナーと言えるだろう。

 ステージの床一面には、天から降下したとおぼしき鳥の羽根が散らばり、(実際そのような演出で、伊津野にスポットがあたってもいたが)森のなかに差しこむ木漏れ日を思わせるライトが、床面を点々と照らし出している。散乱した羽根の一枚一枚は、民話の「鶴の恩返し」に出てくる娘に変身した鶴が、命を救われたことの恩返しをするため、みずからの身を削って機を織る開かずの間のようであり、詩人が言葉を織りあげるためにけずった魂のかけらのようでもあった。あるいはすでにそこは屠殺と呼ぶのが似つかわしいような惨劇がくりひろげられた現場であったろうか。羽毛布団と生贄という、真逆のイメージが混淆している。それはおそらく、生と死が背中あわせになっているからだろう。生と死が同時に生きられているからだろう。これが第一部の悲歌群が降り立つ舞台だった。

 音楽を流すことで、安定した声の背景を作りながら短歌や散文詩を朗読する場面と、アカペラにすることで、声がダイレクトに聴き手にむかい、一気に緊迫感の高まる場面とが、ほぼ交互にあらわれるステージ。第二部の前半には、東日本大震災で被災した人々のため、安永稔和、石川啄木、宮沢賢治、立原道造、高村光太郎、山村暮鳥、末森英機、八木重吉ら、東北詩人を中心にメドレーで詩を詠むセクションがもうけられたが、ここでは今回の協働者である田中流が山村の自然を撮影した写真が、背景のスクリーンに映し出され、伊津野も立ち位置をスクリーン前に移してパフォーマンスした。これが生と死を同時に生きるような第一部の悲歌群からの転調となり、最後のセクションを飾った新作の「Rebirth」「ねがい」「落鳥の地から」は、いずれも生への肯定的な感情であふれていたように思う。

 放射能はかすかな放射線を出して遺伝子を切断する。生命の回廊を断ち切るのである。救いは低線量被曝地帯を抜け出して、生命の回廊をつなぎなおすことにしかない。伊津野重美のパフォーマンスは、大震災以前に、大震災以後を生きる人々の感情を、すでに生きていたように思う。







伊津野重美編『生命の回廊3号』
<『えーえんとくちから 笹井宏之作品集』特集号>
(私家版、2011年11月刊)


-------------------------------------------------------------------------------

スター・パインズ・カフェ http://www.mandala.gr.jp/spc.html

-------------------------------------------------------------------------------