2012年1月22日日曜日

宵(酔い)どれ黒海周遊ジャズツアー 十番目の航海

左から、泉秀樹、岡島豊樹、片岡文明の諸氏


宵(酔い)どれ黒海周遊ジャズツアー
第10回ウィンター・ヴァケーション篇:イタリア特集第2回
イタリア・フリーその後
featuring
イタリアン・インスタービレ・オルケストラ
会場: 吉祥寺「サウンド・カフェ・ズミ」
(東京都武蔵野市御殿山 1-2-3 キヨノビル7F)
開演: 2012年1月15日(日)5:00p.m.~(3時間ほどを予定)
料金: 資料代 500円+ドリンク注文(¥700~)
添乗員: 岡島豊樹(「ジャズ・ブラート」主宰)、片岡文明
主催: サウンド・カフェ・ズミ


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 昨年末、聖夜の晩に開かれたイタリア特集第1回「SUDから来た男とイタリア・フリーの流れ」は、1960年代、70年代の貴重なアナログ盤を多数所蔵している片岡文明が中心となって、1990年代のイタリアン・インスタービレ・オルケストラ結成へといたるイタリア・フリージャズの原点を、ジョルジォ・ガスリーニ、マリオ・スキアーノ、エンリコ・ラーヴァといった巨匠たちのアルバムで再確認するというものだった。1月15日に開催されたイタリア特集第2回「イタリア・フリーその後」は、ナビゲーターを岡島豊樹にバトンタッチし、イタリア半島の靴の踵あたりに位置するルヴォ・デ・プーリアを拠点にするピノ・ミナフラの提唱によって、イタリアン・インスタービレ・オルケストラに結集することになった新旧のメンバーを中心に、現代イタリア・ジャズの諸相を総覧する回となった。

 選曲はイタリア音楽の独自性を意識したものだったため、西ヨーロッパで花開いた即興シーンとの交流よりも、むしろ郷土意識の強い音楽作りの側面に光があてられる格好となった。「90年代が進む中、イタリア・ジャズ・シーンでは、オーソドックスなバップ系ジャズメンの中にも、『イタリア性』『地中海的多様性』『南イタリア性』を打ち出す人が増えはじめました。」(当日配布のレジュメより)サウンド・カフェ・ズミの泉秀樹が、ニュージャズ/フリージャズが開いたインターナショナリズムに力点を置いた議論を展開するのと比較すると、この「地中海的多様性」は、岡島の紹介にあるように、あくまでも「再発見された地中海」であり、対抗文化的な意味合いを持されたインナー・マルチカルチュアリズム(地中海が内海であることをふまえた「インナー」という意味だが、ポストモダンの議論を視野にいれたうえで、あえて翻訳するなら「内破する多文化主義」ということになるかもしれない)というように定義できるのではないかと思われる。フリージャズの伝統がイタリアに引き継がれていったというよりも、むしろそこで一度「反転」しているのではないかという印象を強く受けたのである。地中海の影すら見えなかった西ヨーロッパの即興シーンでは、国別の音楽圏の特徴が前面に押し出され、今にいたるまで、イタリアで起きたような出来事は生じていないように思われる。

 当日かけられたアルバムは以下の通り。

(1)Carlo Actis Dato Quaretet『Delhi Mambo』(YVP, 1998年)
(2)Roberto Ottaviano『Aspects』(Ictus, 1983年)
(3)Enrico Rava/Massimo Urbani『Live at JazzBO '90』
(Philology, 1990年)     
(4)Gianluigi Trovesi & Paolo Damiani『Roccellanea』(Splasc(h), 1983年)
(5)Paolo Damiani Opus Music Ensemble『Flashback』(Ismez, 1983年)
(6)Gianluigi Trovesi & Janni Coscia『Radic』(Egea, 1995年)
(7)Pino Minafra Quintet『Colori』(Splasc(h), 1985年)
(8)Pino Minafra『Quella Sporca 1/2 Dozzina』(Splasc(h), 1989年)
(9)Carlo Actis Dato Quartet『Ankara Twist』(Splasc(h), 1989年)
(10)Italian Art Quartet『Italian Art Quartet』(Boxes Ed., 1987年)
(11)Geremia - Tommaso - Damiani『Italian String Trio』
(Splasc(h), 1993年)     
  ※イタリア・ジャズの郷土意識を聴く
(12)Nexus『Free Spirits』(Splasc(h), 1994年)
  ※Nexus:Daniele Cavallanti, Tiziano Tononi
(13)Eugenio Colonbo『Giuditta』(NelJazz, 1995年)
  ※「Giuditta」は『聖書外伝ユデット書』を素材にしたもの。
(14)Italian Instabile Orchestra『Live in Noci and Ruvo de Gier』
(Leo, 1992年)     
   ※インスタービレ・オルケストラのアルバム・デビュー盤。
(15)Italian Instabile Orchestra『Litania Sibilante』(Enja, 2000年)

 【現代イタリア・ジャズの諸相 - バーリ、ナポリ、サルディーニア、シチリア】
(16)Pino Minafra Sud Ensemble『Terronia』(Enja, 2005年)
(17)Daniele Sepe『Viaggi fuori dai paraggi』(Il Manifesto, 1996年)
(18)Marco Zurzolo『Ex Voto』(Egea, 2000)
(19)Paolo Fresu, Antonello Salis and others『Sonos'e Memoria』
(ACT, 1996年)     
(20)Gianni Gebbia『The Mystic Revelation』(Curva Minore, 1990年代)
(21)Giorgio Occhipinti『The Kaos Legend』(Leo, 1993年)

 なるほどジョルジォ・オッキピンティのピアノには強いジャズ色が感じられるものの、現代イタリア・シーンの諸相に触れてみると、郷土性を意識する彼らが、モダニズムとして受容したニュージャズ/フリージャズを内破していった先にあるものは、総じて「イタリアン・ポピュラー・ミュージック」としか呼びようのない、(ジャズをその一部に持つ)複雑な音楽の混合体だといえるのではないだろうか。「宵(酔い)どれ黒海周遊ジャズツアー」は、ジャズと世界音楽の接点において、このようなことが日常的に起こっていることを紹介してきたということであろうが、ニュージャズ/フリージャズを大きく特徴づけた、モダニズムやアヴァンギャルドの精神から接線を引いてみるとき、合衆国はもとより、西ヨーロッパにも、また日本にも、こうした音楽の混合体が生まれているようには見えない。波の彼方からなにがやってくるかわからない、広大な無意識とも呼べるような地中海に半身を(もしかすると「全身を」かもしれない)浸したイタリアの土地柄は、「土着と近代」という有名なテーマが、音楽においても全面衝突する文化のメルティング・ポットになっているということなのだろう。

 第11回の「宵(酔い)どれ黒海周遊ジャズツアー」は、バルカン・旧ユーゴ系の音楽を特集する予定とのこと。

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吉祥寺サウンド・カフェ・ズミ