2012年2月11日土曜日

宝示戸亮二と山口とも[2009]その3


宝示戸亮二+山口とも
日時: 2009年3月20日(金・祝日)
会場: 東京/新宿「ピットイン」
(東京都新宿区新宿2-12-4 アコード新宿 B1F)
開場: 7:30p.m.、開演:8:00p.m.
料金: ¥3,000(飲物付)
出演: 宝示戸亮二(p, small instruments, vo, etc.)
山口とも(perc, vo, etc.)
予約・問合せ: TEL.03-3354-2024(新宿ピットイン)
TEL.03-3316-7376(キャロサンプ)


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 周囲を大小の音具で埋めた山口ともの打楽ブースのなかで、石油缶やゴミ箱のようなガラクタと、共演者のジャズ的な展開に対応してビートを出すため、シンバルのような “まともな” 楽器を組みあわせたドラムセットは、ほとんどの場面で、パタパタというミュートされたサウンドによるミニマルな展開をみせていた。シークエンスの全体を方向づけるビートが排除されるために、演奏のあらゆる場所で、あらゆる瞬間で、急角度に折れ曲がる方向転換が可能になるのである。しかしこの演奏、どこかで聴き覚えがないだろうか? そう、1980年代のニューヨーク・シーンに「ノイズ・ミュージック」として登場してきたデヴィッド・モスのリズム・ミニマリズムを思わせるのである。モスもまた、細分化された、加速度のあるリズムを生みだすため、ドラムの皮をすべてミュートしながら演奏していた。次々に重ねられていく、予測のつかない短いシークエンスの連続、あるいは「ドラマーがじっと黙って演奏しているのはおかしい」と主張して、奇声を発しながら演奏していく独特なスタイルと、山口ともの演奏には、モスのドラミングを思わせる数々の点が見つかるのである。

 声との関連でいうなら、ミルフォード・グレイヴスや土取利行など、アフリカ音楽のトーキング・ドラムをベースにオリジナルな演奏スタイルを確立した演奏者たちは、声を出すのが当たり前、ドラムが声のようなものになることが当然の世界にいる。トーキングができなければ、ドラムが語るところも理解できないからだ。

 「見立ての音楽」は、サウンドの独立度が高いために、こうした関連性のなかにおくことができず、響きを単体であつかうしかない場合に登場してくるようである。それは山口が、各種の楽器セクションに向かう途中で、気まぐれに寄り道して拾いあげる音群といえるだろう。例えば、丸い輪が描かれたオレンジ色の傘を開閉してバサバサといわせながら、口にほおずきのようなものをくわえてピーピーと鳴らすときには、身体を直立させてみずからを「小鳥」の姿に見立てたり、くわえたストローの吸い口を指で狭めて、プーッという、弱く、小さく、糸のように細い音を出したかと思うと、思い切りよく手前で手をはたいて夏の蚊をはたく場面に見立てるといった、そんな具合なのである。あるいは、コンサートの冒頭にはこんな場面もあった。哺乳瓶の頭のゴムをペコペコいわせていたかと思ったら、ドラムセットにすわってパタパタと太鼓をたたき、突然「トゥイーッ」という奇声を発しては、スティックを両手に捧げ持ち、身体を硬直させたまま椅子から立ちあがったり、椅子にすわりなおしたりをくりかえすのである。いったいなにが見立てられているのか、まるで見当がつかない。山口の演奏を数多く見ていないので、じつは、これらがファンにはおなじみのクリシェなのか、あるいはその場で即興的にパフォーマンスされたものなのか、判断はつかないのだが、本人が感じる新鮮味がパフォーマンスの生命線だろうから、たぶん何度かやっては捨てるということをくりかえしているのではないかと想像される。

 かたや宝示戸のパフォーマンスは、ピアニカを吹きながらステージ前まで歩み出たり、ピアノの下に潜りこんで底板をたたいたりと、つねに彼自身の作りあげた演奏の流れを切断するためにおこなわれる。それがサウンドとサウンドの間をイマジネーションの飛躍によってつなごうとする即興演奏の延長線上にあるパフォーマンスであることは言うまでもない。宝示戸の場合、観客の前に突出してくるのは、なにがしかの物語や文脈やイメージを支える山口のような身体ではなく、文脈を切断する行為そのものとなるような身体なのである。即興演奏のヴィジョンがそうであるように、ふたりのパフォーマンスのありようも対照的だ。デュオ演奏は、いたるところで切断されては新たにつなぎなおされ、つなぎなおされるたびごとに別の方向を選択しながら、ジグザグに進行していく。そのようでありながら、この晩のセッションがとてもオーソドックスなものに響いたのは、ふたりの即興スタイルが、すでに「盤石な」といっていいほどの安定性をもっていたことによるのではないかと思う。



[初出:mixi 2009-05-22「宝示戸亮二&山口とも(3)」の全面加筆] 
[掲載した写真のうち、宝示戸のものは当日の記録がすでになく、一年後にリューダス・モツクーナスと共演したときのものを使用]

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宝示戸亮二

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山口とも

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新宿ピットイン