2012年2月29日水曜日

秋山徹次 - 池上秀夫@七針



秋山徹次 - 池上秀夫
Duo Improvisations
日時: 2010年3月12日(金)
会場: 東京/八丁堀「七針」
(東京都中央区新川2-7-1 オリエンタルビル 地階)
開場: 7:00p.m.、開演: 7:30p.m.
料金: ¥2,000
出演: 秋山徹次(guitar) 池上秀夫(contrabass)
問合せ: TEL.03-6806-6773(七針)


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 秋山徹次と池上秀夫のデュオによる3度目のセッションを、八丁堀の七針(ななはり)で聴いた。途中休憩をはさんでのツーセット公演で、前半後半ともに30分強のライヴだった。エピフォンのアコースティック・ギターを抱えて下手の椅子に座る秋山は、数種類のカポタストやボトルネック、ヘアブラシなどの周辺機材に加え、簡単な小物を使って、ほんの少しずつサウンド環境を変えながら演奏した。上手に立ったコントラバスの池上秀夫は、唯一そこだけにあるライトのなかにいて、つねにゆらゆらと揺れるように楽器を弾きつづけ、共演者の秋山がかもし出すゆったりとしたヴァイブレーションのなか、いつもよりずっと自由になって、自分自身の演奏に集中していたように思われた。かたや一方の秋山徹次は、ゆっくりとダンスをするように腕を動かし、断片的なフレーズというより、むしろ弦に対するアタックの強弱、ハーモニクス、不協和音と、ギター弦の即物的な響きに集中し、特徴づけられた一音一音を、その場にひとつ、またひとつ投げ出していくといった演奏を展開した。共演者を縛ることのない自由度の高い演奏。空間性にあふれた独特のムードのなかで、池上秀夫の演奏は、とてもジャズ的に響いていた。それはおそらく、サウンドであれリズムであれ、池上の演奏が、共演者との対話的コミュニケーションを求め、長いシークエンスのなかのひと連なりの物語としてつづられているからであり、力強いフィンガリングで弦を爪弾くときが、もっとも雄弁に自らを語るからではないかと思われる。

 ミュージシャンの要望で、演奏中は照明が暗くされ、池上の頭のうえにたったひとつともったライトが、ふたりの背後にある白い漆喰の壁を淡々と照らし出し、会場に居あわせたものを、まるでスペインの片田舎にでも来たような気分にさせた。カンテラの光のような、どこか懐かしい気分をかきたてる照明。これはおそらく秋山が奏でるギターの音色がかもし出す、ときにスパニッシュな、ときにウェスタンな感覚によるマジックなのだろう。連想は最初期のリベレーション・ミュージック・オーケストラに飛び、池上秀夫がチャーリー・ヘイデンに見えてくる。

 第一部を、ゆったりとしたギターの弾奏で通した秋山は、第二部に入ってボトルネックを多用、前半の雰囲気を一掃する夢幻的な倍音の世界を構築した。弦に金属のボトルネックをあてながら、細かく振動させる特殊奏法からは、ヴァイオリンの弓で弦を弾くような効果が得られるのだが、かもし出される倍音の複雑さは、ヴァイオリン奏法の代替物というより、むしろハーディガーディの猥雑さに近いもののように感じられた。倍音がもたらす魔的な喚起力によるのだろう。このサウンドが池上を触発したのは、しかしその夢幻性のゆえではなく、指板のうえで細かく振動するボトルネックから生みだされる、ミクロなリズムの速度だったように思われる。というのも、池上のアルコが奏でる響きも、次第にミクロなものとなり、ハーモニックスの細かなヴァイブレーションをとらえて共振しはじめたからである。

 秋山徹次と中村としまるの “蝉印象派” デュオが、決定的に非対称の関係を結ぶのに対して、秋山徹次と池上秀夫のデュオは、ともに弦楽器ということもあるのだろう、どこかに共通感覚を確保しながらおこなわれるものだった。ふたりの間にある最大の相違は、秋山の演奏が、持続する時間をぶつ切りにしておこなわれる瞬間瞬間のサウンドの提示──デレク・ベイリー的といってもいい──である一方で、池上の演奏が、ひとつのシークエンスを別のシークエンスへとつないで、流れくだる時間を切断することのないもの──ジャズ的ということができる──という点にあるように思われる。おそらくふたりは、共演者の演奏を意識することで自らを切断すると同時に、これまでとは別のシークエンスを生みだしていくのではないだろうか。このことが意味するのは、中村としまるとのデュオでは実現できないこと──すなわち、ジャズからフリー・インプロヴィゼーションへといたる音楽実験のすべてが、このデュオならではの語りなおしを受けて、演奏にあらわれるということだと思われる。そんななかにあって、デュオ演奏を基調において支えていたのは、池上秀夫をこの上なく自由にした、まるで静止しているかのようにゆったりとした秋山徹次のバイオリズムだった。



[初出:mixi 2010-03-13「秋山徹次/池上秀夫@七針」加筆訂正]  

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