2012年3月29日木曜日

朴 在千・佐藤允彦 DUO



Park JeChun 2012 Japan Tour
朴 在千・佐藤允彦 DUO
Special Guest: 大野慶人 工藤丈輝
日時: 2012年3月22日(木)
会場: 東京/新宿「ピットイン」
(東京都新宿区新宿2-12-4 アコード新宿ビル B1)
開場: 7:00p.m.,開演: 7:30p.m.
料金: ¥3,500(飲物付)
出演: 朴 在千(drums) 佐藤允彦(piano)
Guest: 大野慶人(舞踏) 工藤丈輝(舞踏)
予約・問合せ: TEL.03-3354-2024(新宿ピットイン)



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 今回の朴在千の来日公演は、当初、入谷なってるハウスで開かれた「副島輝人プロデュースの夜」への出演と、バージ・レーベルからリリースされる新譜『Afterimages』の発売記念を兼ね、新宿ピットインで開かれた佐藤允彦とのデュオに限定してイメージされていたらしいが、最終的に、佐藤允彦とのデュオで静岡の青嶋ホールに遠征し、YAS-KAZと打楽器デュオをおこない、最終日で坂田明との初共演を果たすという、その後の日程が加わったものである。ツアーの目玉だった佐藤允彦/朴在千デュオの演奏は、これまでにも何度となくおこなわれてきたものであり、ごく初期のころは、ともに手数が多く饒舌な演奏スタイルに加え、高度な演奏力に裏づけられた抜群のスピード感と、面白いほどに先読みのできる場面展開の妙が真正面からぶつかりあって、両雄並び立たずというような丁々発止の展開が、即興の他流試合を見る醍醐味を与えてくれていた。相手を本気にさせる共演者、相手を本気にさせる演奏というものが、音楽そのものを裸にしていく。そのような瞬間にめぐりあった聴き手は幸運、幸福というしかない。しかしながら、即興演奏においてこうした時期はけっして長くはないようで、現在のデュオは、お互いの文化的なバックグラウンドを尊重し、ひとつの音楽を作るため、みずからの持てるものを提供するという姿勢に変わったようである。新宿ピットインでも、その延長線上にある演奏をしたと思う。

 大野慶人(おおの・けいじん)の舞踏は、凡庸な踊り手にまま見られるような、音楽を身体表現のための “伴奏” にしてしまうようなものではなく、こうしたデュオのあり方に深く介入し、音楽そのもの、場そのものを変態させてしまうようなものだった。禿頭、厚く白塗りされた顔と手、二匹の蝶のような、カフカのような尖った耳、魂が抜けたような人形のまなざし、学生服ふうの黒ずくめの衣装、ウサギの耳とドレスの切れ端のような肩掛けショール、きらびやかな歌舞伎の羽織、大野の身体がそこに出現するだけで、別役実の不条理劇がそうであるように、時間も空間もぐにゃりと歪む。日常性に見るも無惨な亀裂が入る。彼の身体は、まるで音が見えるかのようにステージを移動しながら、波動に巻きこまれ、波動を押し返し、そこで歌舞伎の見栄のようにいくつかの型をしてみせる。高速度のサウンド流のなかにそびえ立つ巌さながらであるが、この威厳のある巌の揺るぎなさにはじきかえされたのだろうか、登場の最初の瞬間から、デュオはこの舞踏家の動きを擬態していた。客席後方を楽屋がわりにしていた工藤丈輝が、そこからステージに出入りしたのに対し、大野慶人はつねに控え室にいて、ステージに登場するたび付添人が扉を開閉していた。この段取りもまた、能舞台の橋懸かりに出る化生のものめいて、私たち日本人の記憶の古層を刺激するようだった。

 大野の体調が万全ではないという理由で、ステージにはもうひとりの舞踏家・工藤丈輝が招かれていた。当日のお品書きにも名前が書かれていない特別ゲストである。大野がひとしきり舞ったあとで登場した工藤は、大野とは対照的に、目にも留まらない速い動きで身体を構成していく。鈍重な肉体を大地から引きはがし、まったき動きに還元していこうとする彼のダンスは、「高速度のサウンド流のなかにそびえ立つ巌」というふうな大野の身体表現の対極にあるものだった。それはそれで論理と美を体現したもので、時間感覚でいうなら、むしろ佐藤允彦/朴在千デュオに近いものだったと思う。身体が似たような時間の流れのなかにあるため、予期せぬシンクロニシティが働き、演奏とダンスがひとつになったりする瞬間が生じる。しかしながら、身体が異物として立ちあらわれない “共演” であることから、空間は歪まない。日常性に亀裂も入らない。言うまでもないが、これはどちらが正しいという選択の問題ではないだろう。身体のありようひとつで、場にこれだけ大きな変化がもたらされるという、驚くような対比が示されたのである。最後には、大野慶人が再登場し(第一部ではお色直しをしていた)、ふたりの演奏家とふたりの舞踏家からなるカルテットでステージが構成された。<2→3→3'→4→2>という数字からなるステージが、二度反復されたのである。

 冒頭で述べたように、この晩の佐藤允彦/朴在千デュオは、強弱の大きいサウンド、独特なリズムの語りまわしとグルーヴ感、声の存在、あるいは演奏の落としどころといったものに、韓国の伝統音楽に通じるオリジナリティを発揮する朴の音楽性をフォローすべく、佐藤がつねに一歩遅れながら距離を縮めていくという演奏をしていた。これはかつてのデュオからは想像もつかなかったもので、最後には、朴が佐藤に演奏をリードすることを求めるような場面もあったほどだ。ここには、こんなふうにして朴在千の演奏の固有性を前面に出すことが、そのままデュオのオリジナリティに直結するはずだという、(プレイヤーではなく)音楽プロデューサー佐藤允彦の判断があるのだろう。そしてそれはたぶんあたっている。大野慶人と工藤丈輝という、領域を異にする表現者との共演は、音楽の伝統、身体表現の伝統をめぐって錯綜した関係性を開くこととなり、デュオの演奏をまた別の方角にふり向けることになった。解説に立った副島輝人がMCで述べたように、まさしく「明日の音楽はいまここで生まれている」という実感を再確認した一晩だった。





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新宿ピットイン