2012年3月8日木曜日

吉本裕美子Group@Next Sunday



Next Sunday presents

アコースティックとエレクトロニクスの室内楽
その12
日時: 2012年3月5日(月)
会場: 東京/阿佐ヶ谷「Next Sunday」
(杉並区阿佐谷南 1-35-23 第一横川ビルB1)
開場: 6:30p.m.、開演: 7:00p.m.
料金: ¥1,500+order
出演: (1)SAWADA(snare drum)
(2)ガマチョキ・ブラザーズ
信岡勇人(g)平賀オラン康子(key)
井本直樹(bass guitar)大橋 弘 (ds)
(3)吉本裕美子(g) 安藤裕子(ss, cl) カノミ(as, g, fl, recorder)
池上秀夫(contrabass) 長沢 哲(ds)
(4)amamori(p, vo)
(5)Jacques Demierre(p) Jonas Kocher(acc)
Cyril Bondi(perc) d'incise (electronics, objects)
問合せ: TEL.03-3316-6799(Next Sunday)





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 ゆらゆら帝国やマーブル・シープなど、ロック系のバンドにドラマーとして参加していた沢田守秀は、現在エンジニアを担当している阿佐ヶ谷のネクストサンデーで、音楽コレクション「アコースティックとエレクトロニクスの室内楽」をシリーズ企画している。3月5日に開かれた12回目の公演に、ギタリストの吉本裕美子が招かれ、彼女自身の人選による5人編成のグループで30分ほどの即興セッションが持たれた。これまで吉本が共演をしてきたミュージシャンから選抜されたクインテットのセッションは、事前の打ちあわせもなく、特別な音楽形式の採用もなく、いわば「よーいドン」で全員が走り出すような集団即興の演奏をくりひろげた。音の交通整理は、演奏しているなかで、徐々につけられていく。各自の判断で、演奏からの出入りが自由におこなわれた結果、個々のメンバーにソロの余地が与えられたり、あるいは、ギターどうし、サックスどうし、さらには女性陣のふたりが前面に押し出されるというような、巧まざる演出が実現していた。それにしても、こうしたセッションを聴くと、伝統から切れたように見える現代の即興演奏でも、ジャズの記憶が色濃いことにあらためて気づかされる。ことさらにフォービートをとるわけではなくても、安藤裕子のソプラノサックスの響きに、長沢哲がたたき出すリズムのパルスにと、サウンドに対する欲求や色あいをなす感覚はもちろんのこと、フリージャズの遺産としていまに伝わる自由の処方を、いたるところに聴くことができた。このセッションの場合、全体を支配する音楽の基盤を求めれば、やはりフリージャズ的集団即興ということになるだろう。しかも60年代的なエネルギー・ミュージックからは遠くはなれ、複雑なサウンド・タペストリーを編みあげていくような演奏。

 そうしたなかにあって、リーダーのないグループのリーダーである吉本裕美子の演奏は、明瞭なフレーズというものを持たないために、ソロなどでも聴くことのできる彼女固有の浮遊感をもって、メンバーの間を漂っていくようなサウンド配置をしていた。すなわち、彼女だけは、まったくジャズ的ではないのである。それではロック的かといわれれば、そんなこともないように思われる。比較のためにあえて持ち出せば、ビル・フリゼールが音色を弾くといわれるような、フレーズの外に滲みだすようななにものか(それはしばしば情緒的なものと解釈されているように思うが、これは端的に、「染みのようなもの」といったほうが正確なのではないか)を追っているようなアプローチというべきだろうか。おそらく瞬間瞬間に彼女が選んでいるのは、論理的な筋道ではなく、感覚的な方向ではないかと思う。そこに表現というだけではつかまえられないなにものかが滲みだしているのだが、形がないために、いまのところそれがなんだかよくわからない。ともあれ、吉本のこうした不定形のギター・サウンドがあるために、グループ全体を支配しているジャズの記憶は、けっして音楽を完結させることなく、つねにどこか拡散した状態のまま集団即興を進行させていったように思う。

 しかしながら、譜面や打ちあわせがないからといって、この集団即興が完全に自由だったわけではなく、演奏に構造を与えているものに従い、ある順路をたどって進行していった。それは吉本の人選と深くかかわる楽器構成である。ここでピボット役を務めたのは、アルトサックス、ギター、フルート、リコーダーを吹いた多楽器奏者のカノミで、というのも、リズム・セクションを背後に背負ったトリオのフロント・ラインは、彼の楽器チェンジで、篳篥ふうのリコーダー吹奏による高揚感にはじまり、ギターの一対、管楽器の一対というように、ごく自然にサウンド構成を変えていくことになったからである。その時々に生じる局面にじゅうぶんな時間をとって、即興演奏の行くがままにさせるというには、30分というこの日の持ち時間はいささか短かすぎたと思うが、そのぶん演奏が凝縮され、こうした集団即興の構造的な部分は際立って聴こえてきた。

 おそらく足繁くライヴに通い、時間をかけて共演者を選んでいるからだろう、吉本裕美子グループの集団即興は、単発の即興セッションというより、すぐれてバンド的なあり方をしていたように思う。狭い世界ではあるが、それでもフリー・インプロヴィゼーションの切り開く空間が、いまもなおオープンエンドでありつづけているのと対照的に、お互いの演奏を注意深く聴きあった彼らのアンサンブルは、親和力にあふれるグループ・ミュージックを響かせていた。



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NEXT SUNDAY