2012年4月13日金曜日

朴 在千・坂田 明 DUO



Park JeChun 2012 Japan Tour
朴 在千・坂田 明 DUO
日時: 2012年3月25日(日)
会場: 東京/荻窪「ベルベットサン」
(東京都杉並区荻窪3-47-21 サンライズビル 1F)
開場: 7:00p.m.,開演: 7:30p.m.
料金: ¥2,500+order
出演: 朴在千(drums) 坂田 明(sax, vo)


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 全部で5つの日替わりセッションを精力的にこなした朴在千・日本ツアーの最終公演は、深紅のカーテンに彩られたステージの背後がガラス張りの大きな窓になっていて、室内で激しい演奏が展開されているその向こうに、表通りの交通や舗道を歩く人が見える地上階のロケーションが開放的な、荻窪ベルベットサンでの坂田明との初共演だった。言うまでもなく、山下洋輔トリオへの参加やミジンコ研究などで、活動歴も長く、幅広い人脈を誇る坂田明は、遠方からも熟年ファンが駆けつけるような根強い人気をもつリード奏者の重鎮だが、機会を得られずに、これまで朴在千と共演していなかった。ツアー最終日の公演は、日韓フリーミュージックの新局面という意味で興味深いプログラムだったことに加え、個人的には、パンソリで鍛えた朴の声と、ハナモゲラの昔から声や言葉に意識的にかかわってきた坂田明の(かならずやあるであろう)声のぶつかり合いが楽しみなセッションであった。パンソリの語りと平家物語の語りが正面衝突するところに、これまで聴いたことのない声が出現するかもしれないという妄想がかき立てられたのである。

 演奏後の雑談のなかで、坂田は朴在千を「日本にはいないタイプのドラマー」と評価し、即興セッションのなかでではあれ、演奏の全体的な構成の仕方に、最初ゆっくりとした調子で出て次第に速度や激しさを増していく──この演奏は、坂田がクラリネットを吹いた第二部で全面展開された──インド音楽にもくらべられる語り口のあることを指摘していた。米国を起源とするニュージャズ/フリージャズ運動が、世界各地に伝播し、その土地土地でローカライズされるときに参照されるトラッド的なるものは、ときにメロディーであったり、伝統楽器であったり、特殊奏法であったりと、ミュージシャン各様の出会い方によって異なり、幅広いありかたを見せているが、ここでは演奏の構成力──すなわち、トーキングドラムのように声と深く関わるリズムの語りに、オリジナルなものが感じられているのである。これは朴が畏敬の念を表明している故・富樫雅彦が、リズム語りよりも空間性を感じさせるサウンド配置をしていたことと強い対照性を示している。両者の相違は、伝統音楽の領域でいうなら、日本の箏と韓国の伽耶琴/カヤグムがもっている相違にもくらべられるであろうか。

 ツアー初日で共演したバリトンサックスの吉田隆一は、韓国人である朴在千との共演を意識して、口琴を演奏し、東洋的な雰囲気を持つパストラルなシークエンスを用意するなど、いわばアジアン・テイストの搦め手から、アンサンブルの落ち着きどころを提案する工夫をしていたが、坂田明の場合は、まさしく身体性を前面に押し出したフリージャズの本道をいく演奏で、シンプルかつストレートに朴在千の演奏と相対した。剃刀パンチのようにくり出される、切れ味鋭く高速度で展開される坂田明のサックス演奏に、しかしながら、朴在千は速度によって対抗したわけではなく、ドラミングによるシーツ・オブ・サウンドとでもいうべき、分厚いリズムの弾幕を張りめぐらせて受け止めていた。今回のツアーは、日本側で用意したドラムキットを使っての演奏だったが、それにもかかわらず、これまで茣蓙を敷いて床に座りながら演奏してきたように、低い位置で、まさしくリズムを床一面に敷き詰めるような感じのドラミングが展開されたのである。激しい演奏の交換であれ、静謐な場面の展開であれ、サウンドのエネルギーが瞬時に場を満たしていくのに、会場となったベルベットサンの狭さは好都合で、一瞬たりとも緩むことのない演奏が最後の瞬間まで持続していった。

 声合戦はどうだったろう。朴在千は、演奏を開始する一瞬前、身体に活を入れるように声を出す。あるいは演奏が最高潮に達したとき、そこからさらに高く飛ぶべく、馬に鞭を入れるように叫び声を発する。さらに、ゆったりとしたリズムのなかで、共演者に何事かを語りかけるように早口の韓国語をまくしたてる。いずれの場合も、声は音楽の進行に対してある役割を果たしているようだ。かたや坂田明のヴォイスは、民謡を唄うにも平家物語を語るにも、それ自体が日本語のフェイクであるところに(無意味の)意味を見いだしている。無用の用であるところに、遊戯的な日本語空間を開くのである。朴在千が声を発した瞬間、それはすでに役割を終えているが、坂田明による声のパフォーマンスは、これから役割を捨て去るためになされる。これはつまり、ふたりが声をかけあうとき、そこには大きな時間的 “ずれ” が生みだされるということを意味するように思われる。これはポストモダンとプレモダンの共存と呼べるような事態だろう。立ち位置の違うふたつの声のありように(ひいては音楽のありように)橋を架けるのが、ここで即興演奏が持つ意味だったと思う。



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荻窪ベルベットサン