2012年4月29日日曜日

FOOD feat.Nils Petter Molvær@新宿Pit Inn



FOOD feat.Nils Petter Molvær
── Japan Tour 2012 ──
Special Guest: 巻上公一
日時: 2012年4月19日(木)
会場: 東京/新宿「ピットイン」
(東京都新宿区新宿2-12-4 アコード新宿ビル B1)
開場: 7:00p.m.,開演: 7:30p.m.
料金/予約: ¥4,000、当日: ¥4,500
出演: ニルス・ペッター・モルヴェル(tp, vo)
イアン・バラミー(sax) トーマス・ストレーネン(ds)
Guest: 巻上公一(vo, theremin)
予約・問合せ: TEL.03-3354-2024(新宿ピットイン)



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 ヴォイスの巻上公一は、ユーロジャズに新風を吹きこんでいるノルウェーの音楽シーンから、2009年春、2010年春と、キーボードのストーレ・ストーレッケンとドラマーのトーマス・ストレーネンからなるデュオ “ハムクラッシュ” を招聘した。このことが機縁となり、今度は、ストレーネンがイギリス出身のサックス奏者イアン・バラミーと組んでいる “フード FOOD” に、一足早く「フューチャー・ジャズ」の文脈で来日を重ね、日本でもよく知られるトランペットのニルス・ペッター・モルヴェルを加えた特別編成のトリオを招聘することになった。もともとFOODはデュオ・ユニットで、時々のゲストをサード・パーソンとして迎えることで、音楽のバリエーションを拡大していく方法をとっているようだ。2011年春、このメンバーでのツアーが企画されたものの、3.11東日本大震災の影響でトリオは渡航禁止の憂き目にあい、今回は満を持してのリベンジ公演ということになる。巻上公一にとって、バラミーやモルヴェルとはピットイン公演が初顔あわせ。細かいサウンドを網の目のように編みあげていくFOODの隙間のない演奏に対し、巻上がヴォイスとテルミンによる異質のサウンドで切りこんだ第二部は、まさにぶっつけ本番のスリリングな即興セッションとなった。

 FOODトリオの演奏は、モルヴェルのラップトップも含み、繊細なサウンド・コントロールやループを可能にするエフェクター装置を三者三様にそろえているので、人数的にはトリオでも、実際の演奏は、トリオのイメージを覆すような数多くのサウンドが飛び交う場となっている。あるときはサンプリングされた音が亡霊的に再帰し、あるときはループされたサウンドが瞬間を永遠に引き延ばして、たったひとつしかないはずの時計的な時間を、いくつにも複数化していく。過去と現在が混在するという時制の混乱が、聴き手に無時間的な体験をもたらすこととなり、そこに桃源郷(仮想された未来の時間)が出現する。多種多様なサウンドで飽和状態になった空間がゆっくりと移行していくという、こうしたホーリズムを破壊してしまうことのないよう、音量バランスには最大限の注意が払われている。ホリゾンタルな音響世界、桃源郷さながらのパストラルな空気、音楽の無時間性、どこのものとも知れない架空のフォークロア的サウンド、演奏の多焦点性──これらの背後には、キリスト教的な楽園のイメージがあるのだろう。

 イアン・バラミーのサックスは、私たちのよく知っている地上的なジャズを演奏するが、楽器をトリガーとするサウンド操作に徹底したモルヴェルの演奏は、トランペットをひっくり返し、ベル部分に装着した小型マイクに声を吹きこんでエフェクトする奏法も含め、バラミーの対極をいくという意味で、つねに天上的なる声、天上的なる空気感を創造していた。いうまでもなく、民族的なる表現をローカルなものから引きはがして普遍化するのは、ECMがずっとやってきたことのひとつでもある。バラミーが体現する地上的なるものと、モルヴェルが提示する天上的なるものを架橋する役割が、地上的なるリズムの反復と機械的なループによる自動演奏の間をいくトーマス・ストレーネンである。対照的な演奏をするバラミーとモルヴェルは、交互にソロをとる場合もあれば、別々の領域を動いて仮想的なデュオ演奏をする場合もある。こうした3人が描き出すトリオの関係性は、音楽に終止感をもたらすことなく、まるで偶然の出来事のように次々に移行していく。

 身ぶりのパフォーマンスでヴォイスとテルミンを一本に貫く巻上公一の演奏、つねに音楽を身体の原初的なあり方から離さず、人のカラダが持つグロテクスな異物感を失うことのない特異な彼の演奏が、多様なサウンドを細心に積みあげていくFOODの緻密な世界とどうからむのか、もしかして破壊してしまうのではないか、第二部の即興セッションは、まさに実験の場となった。言うまでもなく、巻上のヴォイスはモルヴェルの対極をいくからである。アンコールでの共演も含め、全体で50分ほどのセッションは、あくまでも第一部の雰囲気を崩さずに演奏されたが、巻上に触発されたモルヴェルが、ダイレクトなトランペット演奏をする方向に引きずり出される場面もあった。その場で起きている出来事に全身的に没入する巻上の演奏は、偶然のシンクロニシティを生み、アンコール演奏では、身体的な衝動を引き出して予想外のヴォイスを生み出す巻上ならではの展開が見られたのも収穫だった。FOODのデュオがアンサンブルを支え、ニルス・ペッター・モルヴェルと巻上公一が実験的対話を交わしたこの場面は、初日のハイライトだったように思う。

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新宿ピットイン