2012年8月13日月曜日

奥田梨恵子: 1 violin + contrabass trio




奥田梨恵子Antti J Virtaranta
JAPAN TOUR 2012
── 1 violin + contrabass trio ──
日時: 2012年8月4日(土)
会場: 東京/江古田「フライング・ティーポット」
(東京都練馬区栄町27-7 榎本ビル B1F)
開場: 7:30p.m.、開演: 8:00p.m.
料金: ¥1,500+order
出演: 奥田梨恵子(vin, vo) アンティ・J・ヴィルタランタ(b)
カイドーユタカ(b) 岡本希輔(b)
問合せ: TEL.03-5999-7971(フライング・ティーポット)



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 ベルリンに拠点を置いて活動する奥田梨恵子とアンティ・J・ヴィルタランタのデュオが、ふたりの頭文字をとった「Project VO」の名前を冠して、7月24日から8月15日にかけ、関西と関東を往復しながらコンサート・ツアーをおこなった。一連のコンサートのなかで、東京でもたれたいくつかの即興セッションは、TIO関連のミュージシャンと交流を図る目的も兼ねていた。とりわけ、江古田フライング・ティーポットでは、ヴィルタランタ/奥田のデュオの他に、カイドーユタカと岡本希輔というふたりのコントラバス奏者を迎える二度のコンサートが開かれた。ちなみに、後者にゲスト出演した岡本希輔は、11月に予定しているヨーロッパ・ツアーにおいて、すでにベルリン・インプロヴァイザーズ・オーケストラとの共演が決定しており、この意味では、Project VO の来日を機会にもたれた一連の交流セッションも、即興演奏家による国際的なネットワーク作りの一環ということができるだろう。Project VO の東京公演のうち、コントラバス奏者が三人という珍しい弦楽セッション「1 violin + contrabass trio」を聴くことができた。第一部はコントラバス・トリオの演奏、第二部は、本来はピアノがメインという奥田梨恵子が、ヴァイオリンに持ち替えてのカルテット演奏であった。

 コントラバスという楽器は、おそらく単純に図体がでかいからだろう、決められた演奏法以外にも、あちらこちらに変わった音を出す場所があり、他の楽器以上にノイズが出やすいという特徴を持っている。特別に弦をプリペアドするような操作はしなかったものの、特殊奏法にたけたコントラバス奏者がそろったこの晩のトリオ・セッションは、まるでノイズの嵐とでもいうような状態になった。独自の文体をもった即興スタイルで、個性的な三本のラインを絡ませあいながら対話を交わしていくというタイプの即興演奏ではなく、サウンドどうしが乱反射しあい、いったい誰がどの音を出しているのかわからないほど複雑にこみいった弦楽の荒波で、聴き手を翻弄しつづけるという感じの即興演奏。どこに向かっているのかわからない、方向を定めぬ演奏を聴いているのが苦痛という聴き手もいるだろうが、楽器どうしをただ響かせあいながら、ある場所をサウンドで満たすということが、ひとつの音楽的な出来事であることに変わりはない。たとえていうなら、これは森のなかで疲れた精神と肉体をリフレッシュする「森林浴」のようなもので、「弦楽浴」とでも呼ぶべき出来事なのではないかと思う。ナチュラルな木の響きの共通性によるのだろう、弦楽器どうしの親和力は絶大で、聴き手は風に吹かれる樹々のざわめきに心地よくからだを浸すようにして、しばし弦楽の風のなかに身を横たえることになる。

 20世紀前衛芸術のなかから誕生してきた(少なくともそのひとつと見なされている)即興演奏は、広範に普及し、どんな種類の音楽のなかにも発見できる一要素(たしかに重要ではあるけれども、特に珍しいものではない、多くの要素のなかのひとつ)でしかなくなったいまでも、輝かしい前衛芸術の歴史を引きずって、特別なジャンルを形成するもののように信じられているところがあり、その結果、即興演奏を一時代を画すムーヴメントとして高く評価しても、日常的に親しむ習慣を持たない人たちの間で、モダニズムの最前線を担わされるという傾向を避けがたく持っている。この晩のコントラバス・トリオの演奏も、決められたひとつの方向に束ねることをしないサウンドの多方向性を、かつての即興演奏にはなかった、響きの生態系の実現というように呼ぶことができるだろう。瞬間、瞬間の変化だけがあるそのような複雑系の音楽を、「時代の最前線」と評価してもいい。その新しさを、フリージャズに見られたような演奏のクライマックス(物語性)を、拒絶する、排除するというほどではないにせよ、そうでなければ即興ではないという固定観念がすでに過去のものになったことを、彼らの即興演奏は雄弁に物語っていたからである。しかしそれと同時に、パフォーマンスを支える社会的なレヴェルに目を向ければ、ミュージシャンどうしのネットワークのなかで、ベルリンから訪れた客人を迎える機会の音楽(誕生日の歌や卒業式の歌のような日常的な音楽)にもなっている。現代の即興演奏に対するとき、私たちはこの両面を等分に見ていく必要があるかもしれない。

 第二部に参加した奥田梨恵子は、ヴァイオリンと生の声を使って演奏したが、積極的に場面をリードするようなことはせず、コントラバス・トリオが生み出す響きの生態系を乱すことのない断片的、ノイズ的なサウンドに徹していた。それでも、音域の異なるヴァイオリンのプリマぶりは、もともと楽器そのものに備わっているようで、「1 violin + contrabass trio」というタイトル通り、カルテット演奏はトリオ対ヴァイオリンの関係になることが多く、なかでも奥田の演奏にメロディーの断片があらわれるときには、演奏の全体がノイズ的なものから調性的なものへとぐっと傾き、そのシークエンスにだけ、全体が一定方向に流れるテンポ感が回復してくるのだった。カイドーユタカがジャズ的なフォービートを出したのも、こうした流れの延長線上にだったと思う。さらに、齋藤徹がよくそうするように、前半では岡本が、後半ではカイドーが楽器を床に仰向けに寝かせて演奏するという風景も珍しいものだった。聞くところによると、カイドーがこの演奏方法で演奏したのはこの夜が初めてとのこと。縦のコントラバスを横にしたところで、演奏や音楽が変わるわけではない。この日偶然に見ることのできたこの出来事は、日本のコントラバス即興における、齋藤徹の影響力の大きさを物語るものなのかもしれない。

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