2012年9月7日金曜日

カイドーユタカ: インプロの会 vol.25




インプロの会 vol.25
カイドーユタカ

── コントラバス ソロコンサート ──

日時: 2012年9月5日(水)
会場: 東京/阿佐ヶ谷「ヴィオロン」
(東京都杉並区阿佐谷北2-9-5)
開場: 7:00p.m.,開演: 7:30p.m.
料金: ¥1,000(飲物付)
出演: カイドーユタカ(contrabass)
問合せ: TEL.03-3336-6414(ヴィオロン)



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 阿佐ヶ谷にある名曲喫茶「ヴィオロン」は、関係者によく知られる通り、いまや貴重となったSP盤の鑑賞会はもちろんのこと、即興演奏のセッションをはじめ、音楽ジャンルを限定しない小規模のコンサートが毎日のように開かれる場所である。毎年九月に次の年度の予約募集がおこなわれるが、チケットのノルマ制をとらないなど良心的な運営をしているため、またたく間にスケジュールが埋まってしまうほど人気があるという。高原朝彦と池上秀夫の Bears'Factory も現在ここが拠点となっているし、TIO関連のミュージシャンも即興セッションに使っている。コントラバス奏者カイドーユタカがソロ演奏を聴かせる月例公演「インプロの会」もそのひとつだ。ワンドリンクつきで1000円と料金が格安なのも、この場所に、地域住民に開放された損得勘定抜きのスペースという性格を与えている。投げ銭の料金システムをとる場所が多くなっていることともあわせ、音楽の垣根をできるだけ低くしていこうとするこれらの努力は、結果的に、都市におけるローカリズム(地産地消の考え方といってもいい)を育てる方向へとつながるのではないかと思われる。複雑化した音楽ジャンルをまるごと抱える地域主義が、こうした場所で可能になっていくことに期待が寄せられる。

 数ヶ月前の公演レポートで、カイドーユタカのコントラバス独奏が持っている質感を、同時代的な音響派の言説を引きあいに出しながら、「草食系インプロ」「サウンド・インスタレーション」という言葉で理解しようとした。というのも、自己肯定にも、また自己否定にも傾くことのない、その意味では、<私>というものを深く演奏に巻きこむことのないニュートラルなカイドーの演奏を、サウンドそのものの提示として受け止め、そこにこめられた優しさやあたたかさ、繊細さなども含めて考えると、一般的に聴くことのできる「迫らない感じ」という演奏傾向のなかに置けるだろうと思ったからである。「草食系」という流行語もこの意味で使用した。カイドーの演奏とくらべると、池上秀夫のコントラバス独奏におけるサウンド・インプロヴィゼーションは、明確にコンセプチュアルなものであり、音響初期のリダクショニズムに通じる、ある種のイズムだといえるだろう。カイドーの演奏にそうした実験音楽の臭いはない。通常の演奏、あるいは特殊奏法によって出される音響は、それだけ点描的にあつかわれるものではなく、そのサウンドを即興的に展開する場面ごとに交代していくという、演劇的な構造を持っている。ただソロの全体を貫いていくような物語性のないことから、ひとつ、またひとつとシークエンスを連結していくところに生まれる並列的な印象が、あたかも「インスタレーション」のように響くのだろう。

 こうしたコントラバス独奏がもつ構造は、それぞれのシークエンスにどんな種類の演奏がきても成立するものだけに、音響的なものからジャズ的なものまで、あるいは mori-shige のような耽美的な演奏からトラッド風味のものまでを、その気になればいくらでも横断していくことができるようなものとなっている。全体のプロットがないため、部分的に順番を入れ替えるのも自由なのだ。第一部では、(1)二本のスティックで弦を軽くヒットしながら口琴的なリズムを出すプリペアドな演奏からスタート、スティックを弦間にはさむ演奏をブリッジにして、(2)力強いフィンガリングが奏でる悲しげなメロディーとモーダルな演奏に引き継がれる。やがてハーモニックスを散らしながら、(3)アルコを弦に斜めにあてることで豊かなノイズを出す変則的な演奏へと移行していく。(4)指板の末端あたりを押さえる高音部でのメロディー弾奏は、まるで裏声で歌われる歌のよう。そして最後に(5)通常のアルコ弾奏に戻って、高音部から低音部までをまんべんなく鳴らすようなしめくくりの演奏がおこなわれた。見られるように、演奏方法と結びついた特色のあるサウンドがシークエンスの枠組みを作っているが、ひとつのシークエンスと次のシークエンスの間を貫通する全体のテーマがあるわけではない。それでもなお、静かに、しみじみと奏でられた最後のアルコ弾奏は、いくつもの物語を経めぐってきた旅行者に、旅の終わりを感じさせるのにじゅうぶんな味わい深いものだった。

 よりアグレッシヴな展開となった第二部では、(1)第一部の(3)にあたる、アルコの特殊奏法によるノイジーな演奏からスタートした。スティックを一本だけ弦間にはさみながら演奏するなど、第一部よりもラフなサウンドが主体となる。その後、(2)第一部の(1)にあたる、二本のスティックによる演奏に移行、新たに弦をこするという要素が加えられた。前半よりも早い展開がつづき、ふたたび(3)アルコによるメロディアスな展開に戻ると、その後にモンゴルの馬頭琴を連想させるリズムパターンの提示がつづく。このリズムパターンは、第一部の冒頭で聴かれた口琴のリズムに通じていた。最後の場面では、(4)楽器のボディをたたく要素を入れながら、メロディーを奏でたりリズムを出したりする、フィンガリングのみの長いシークエンスがつづいた。演奏がメロディアスになるところで、子守唄を歌っているように聞こえたのは、誕生したばかりのカイドーの長女が、奥さまに抱かれて会場に来ていたからだろう。聴き手の空耳だったかもしれないし、本物の子守唄だったかもしれない。複雑に入り組んでいるため、簡単な地図の描けなくなった現在の音楽シーンにおいても、自分自身のことをしようと思うミュージシャンにとって、即興演奏は有効な方法のひとつである。そこでどのような自分を発見するかは、それこそ個人次第ではあるけれども。



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    カイドーユタカ・ソロ@阿佐ヶ谷ヴィオロン」(2012-05-10)

  【カイドーユタカ:インプロの会|日程 @阿佐ヶ谷ヴィオロン】
    <インプロの会 vol.26> 2012年10月10日(水)開演: 7:30p.m.
    <インプロの会 vol.27> 2012年11月 7日(水)開演: 7:30p.m.

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