2013年3月23日土曜日

【CD】Filip - Nakamura - Neumann - Palacky: messier objects



Klaus Filip / 中村としまる
Andrea Neumann / Ivan Palacky
『messier objects』
Ftarri|meenna-999|CD
曲目: 1. M1 Crab Nebula (40:06)、2. M20 Trifid Nebula (16:39)
演奏: クラウス・フィリップ (ppooll)
中村としまる (no-input mixing board)
アンドレア・ノイマン (inside piano, mixing board)
イヴァン・パラツキー
 (amplified Dopleta 180 knitting machine, photovoltaic panels)
録音: 2011年10月4日、5日
場所: チェコ/プラハ「Babel Festival」
オーストリア/ウィーン「Amann Studios」
デザイン: tanabemse
発売: 2012年12月9日



♬♬♬




 『メシエ天体』という風変わりなタイトルを持つ本盤は、オリジナルの音楽ソフト「ppooll」(アナグラムされているが、かつて「lloopp」という表記がされていたことから、もともとはループをもじった名前であることがわかる)を使ってラップトップ演奏するオーストリアのクラウス・フィリップ、ピアノを解体して内枠を取り出した「インサイドピアノ」を演奏するドイツのアンドレア・ノイマン、「Dopleta 180」という手編み機をアンプ接続して演奏するチェコのイヴァン・パラツキー、そして外部入力のないエレクトロニクス回路「ノーインプット・ミキシングボード」を演奏する日本の中村としまるによるカルテットが、201110月にヨーロッパ公演した際の演奏を収録したものである。サウンド・インプロヴィゼーションでは、サックスのような伝統的な楽器を伝統的に演奏しながら、耳になじんだ即興演奏の方法を逸脱していくアプローチや、それとは逆に、伝統的な演奏方法を意識的に迂回するアプローチ、さらには楽器を創作したり楽器でないものを演奏に用いたりすることも非常にしばしばなされている。ここに集まった即興演奏の辺境を生きるプレイヤーたちに共通するのは、しかしながら、現在の演奏へといたるそうした出自ではなく、サウンドを空間的に配置する際のローテク度ではないかと思われる。

 メシエ天体とは、天文学者シャルル・メシエが作成した星雲・星団・銀河のカタログに掲載されている天体のことをいい、個々の天体は、作成者の頭文字をとって、「M1」(かに星雲)「M20」(三裂星雲)というように表記される。本盤でも、40分のライヴ演奏に「M1」のタイトルが、16分のスタジオ演奏に「M20」のタイトルがつけられている。即興的な対話のないカルテットの演奏は、サウンドに流動性をもたらすリズムの河も、ループのような自動反復も採用することなく、まさにひとつひとつ孤独に輝くノイズの星々が、宇宙に星雲や星団を形作るようなあり方で、この時間、この場所で鳴らされただけの関係性を結んだものである。それでも多種多様なノイズ=サウンドの密集は、星々の配置が(地球上に縛られた私たちの目に)ひとつの星座を描き出すように、意図されたものではない天体のハーモニーを奏でているように聴こえる。アンドレア・ノイマンが弾いている(らしい)リズミカルな鉄弦の響きや、中村としまるが放出する(らしい)ホワイトノイズの電子流などが、ときおり音楽的な記憶をかきたてるが、それも長続きすることはない。曲想もここではサウンドの一側面になっているとみるべきだろう。

 音が突然に途切れ、演奏に空白状態が訪れることがあっても、「messier objects」の世界が自壊することはない。彼らの演奏に「楽曲」の終わりはなく、もはや「沈黙」を提示する必要もなく、空間的に構成されていく世界を自然に生きていればいいからである。その意味では、タイトルに宇宙的なイメージがあっても、実のところ、それは街角の交差点で私たちが体験するような、ごく日常的なサウンドのありようなのかもしれない。フェスティバル会場になったプラハのアルカ劇場が大きかったためだろう、宇宙的な広がりを持つ演奏となった「M1」に対して、ウィーンでスタジオ録音された「M20」では、スタジオの密閉性のせいか、あるいは観客がいなかったせいか、より肌理のつまった狭いスペースに、ライヴより一段と克明な音像を注意深くはめこんでいくような演奏となっている。「M20」の演奏は、静寂に彩られたというより、むしろ低体温の音楽と呼ぶべきものだろう。演奏が終わるころ、辛抱しかねたように、なにか金属的なものを引っ掻くような大きな物音が発せられるが、それがクライマックスを構成するというわけでもなく、体温の低さは最初と変わらないまま、セッションは終演を迎える。

-------------------------------------------------------------------------------