2013年4月14日日曜日

ジェローム・フーケ+ヒグチケイコ+細田茂美+森重靖宗@喫茶茶会記



ジェローム・フーケ
ヒグチケイコ細田茂美森重靖宗
日時: 2013年4月13日(土)
会場: 東京/新宿「喫茶茶会記」
(東京都新宿区大京町2-4 1F)
開場: 2:00p.m.、開演: 2:30p.m.
料金: ¥2,500(飲物付)
出演: ジェローム・フーケ(trumpet) ヒグチケイコ(voice)
細田茂美(guitar) 森重靖宗(cello)
予約・問合せ: TEL.03-3351-7904(喫茶茶会記)

■■■ セッション組合せ ■■■
[第一部]
フーケ+細田茂美
フーケ+ヒグチケイコ
フーケ+細田茂美+森重靖宗
[第二部]
ヒグチケイコ+森重靖宗
フーケ+森重靖宗
フーケ+ヒグチケイコ+細田茂美



♬♬♬




 数多あるジェローム・フーケの来日公演のうち、来日直後に、チェロの森重靖宗が主催するライヴのひとつが四谷の喫茶茶会記でおこなわれた。共演者のなかで、ギタリスト細田茂美の参加はフーケのたっての希望によるものとのこと。デュオとトリオの組合わせで構成された即興セッションは、参加者の全員がフーケと総あたりすることと、近々のCDリリースが予定されている森重とヒグチケイコのデュオを入れることを条件に組まれた。ギター演奏というより、(電気)楽器のプリペアドを中心にしたノイズ演奏というべき細田の散文的な演奏と、特徴的な身ぶりとともに即興ヴォイスを展開するヒグチのパフォーマティヴな演奏との間には、音楽的にかなりの開きがある。本公演はフランスから来日したフーケを主賓とするものだが、内容的には、参加メンバーの間に大きく開いた資質の違いを、即興演奏によってアンサンブルさせる試みにもなっていたのではないかと思われる。ここでのフーケのトランペット演奏は、細田との共演においては音響的なアプローチをみせ、またヒグチとの共演では声の性格を前面に出すというように、まことに臨機応変だった。もちろんこれらをもはや「実験的」と呼ぶことはできず、即興演奏の現状を見渡してみれば、いまではむしろミュージシャンたちの共通感覚に属するものとなっている。

 エレキギターを弾いた細田茂美は、セットによって楽器を抱えたり、膝のうえに寝かせたりしながら演奏した。弦の間に割り箸をはさんだり、ペグをゆるめて弦の張りをゆるめたり、アンプの音量をゼロにしたりするなど、楽曲を演奏するときには不必要な操作を加えながら、ギターから断片的なサウンドを生み出し、それをノイズ的にあつかって演奏を構成していった。ギター演奏を捨てて、まるまるノイズ演奏に移行してしまうのではなく、ギター音とノイズ音の間を行き来するのは、おそらくギタリストで居つづけながら、同時に楽器の外側に出るという両面作戦によって、ありえざる楽器の「境界線」や「辺境地帯」を歩いてみせるということではないかと思われる。伝統楽器の異化というような出来事は、いまではもはや起こらない。そのノイズは、デレク・ベイリーが命名した「ノン・イディオマチック」な演奏を構成するサウンドとして響いていたように思う。もちろん彼の演奏に表現されるべき内容といったものはない。ギター演奏は、それ自体が固有の身ぶりを持ったアクションとしておこなわれている。細田の即興演奏は、楽器の制度性に対するディコンストラクティヴな身ぶり、楽器をケアするプレイヤーの立ち位置などの点で、意外にも、トイピアノをみずからの分身とするすずえりこと鈴木英倫子のそれを思わせた。

 古い音楽仲間でありながら、このところ共演する機会のなかった森重靖宗とヒグチケイコが、初のアルバム制作を実現し、第二部の冒頭で久しぶりにステージをともにしたことには、季節のめぐりが実らせた果実といった必然性があるように思う。ヒグチはマイクを使用せず、椅子に座ってパフォーマンスをスタートした。個性的なスタイルを持った感情表現をおたがいに交換しあいながら、最初にヒグチが語り、次に森重が語るといったシンプルな構成は、このデュオならではのものだろう。その他にも、フーケとのテュオで共演者に軽く耳打ちしたヒグチは、椅子を動かしながら観客席の中央を広く開け、演奏開始とともに共演者と相対した会場の後方に陣取って、遠くから生の声をぶつけた。さらに、このデュオに細田を加えた最後のトリオ演奏では、マイクを使って声をざわざわとしたものに変調させながら演奏するなど、セットごとにドラスティックな変化をつけながら、終始アグレッシヴな攻めの姿勢を崩さなかった。みずからの感覚に深く沈潜していく森重の安定性とは対照的に、とんでもない行動によって人を驚かせながら、結びつかないものを結びつけていくヒグチの身体性が、実はふたりの絶妙のコンビネーションを生んでいるということが、少しずつ見えてきたように思う。

 固有の即興ヴィジョンを持った男たちがならび立つ林のなかを、その静かなる安定性をかき乱すようにしながら、ヒグチケイコの声が足早に駆け回っていたような即興セッションだったのだが、そうしたなか、主賓となったジェローム・フーケは、これまでにも日本でさまざまなセッションを経験してきたのだろう、強引さの微塵もない演奏で、音響的なサウンド断片や、ジャズ的なフレーズを、ときどきの流れにしたがって淡々とくり出していた。フーケの状況判断は的確で、そのときどきのアンサンブルに金管楽器特有の華やかさとカラフルさをつけ加えながら、彼自身はけっして出しゃばることなく、音楽をよりふくよかなものにするために貢献するといった具合であった。目をつむったまま、飴色のボディを持ったトランペットをまっすぐにかまえて吹く。サウンドは微妙に変化していくが、彼の姿勢が崩されることはない。ときおり種類の違うプランジャーをベルにつけて音量を変化させる。不動のその姿勢は、すべてを耳に集中させ、周囲に起こる出来事を全身で聴いているからに他ならない。長い間、自己表現や自己表出が優先されてきた即興演奏の世界において、こうした態度はおそらくいまなお珍しいものであり、度重なる来日で獲得した日本の友人たちの存在もさることながら、こうしたフーケの演奏家としての資質が、日本という土地を彼の重要なツアー先に選ばせているのかもしれない。



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