2015年10月27日火曜日

ヒグマ春夫の映像パラダイムシフトvol.71: カメラの向こうで


Visual Paradigm Shift Vol.71 of Haruo Higuma
ヒグマ春夫の映像パラダイムシフト vol.71
カメラの向こうで
ゲスト: 海保文江
日時: 2015年10月26日(月)
会場: 東京/明大前「キッド・アイラック・アート・ホール1F」
(東京都世田谷区松原2-43-11)
開場: 7:00p.m.、開演:  7:30p.m.
料金: ¥2,000
出演: ヒグマ春夫(映像作家、美術家|performance)
ゲスト: 海保文江(dance)
照明: 早川誠司
協力: キッド・アイラック・アート・ホール
予約・問合せ: TEL.03-3322-5564(キッドアイラック)



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 ダンスの海保文江をゲストに迎えた<ビグマ春夫の映像パラダイムシフト>の第71弾「カメラの向こうで」がおこなわれた。例によって、出入口の扉横にもうけられる映像ブース、その対角線上に位置する二面の壁には、紐(あるいはワイアー)に吊りさげられた家の形の白布、その右端には、灌木を思わせる奇妙な形の白布もさがる。右壁の家に開いたいびつな窓は、そのなかに電球をひとつともした様子がカメラを連想させ、左壁の布に開いた3つの窓は、形そのものが携帯電話になっている。終演後の挨拶に立ったヒグマによれば、SNSなどで際限なくネットワークされていくおびただしい映像は、現代社会において、すでに私的所有を離れ、私たちが世界を見るときの「窓」になっていることを告げる風景ということになる。踊るダンサーは、あるいは下手側から、あるいは足もとからと、何台もの監視カメラによって撮影され、踊り手の衣装や白い家にむかってプロジェクターからライヴ映像として投射される。チカチカいうスイッチ音とともに、映像には、頻繁に色が出たり消えたりする。画面に観客席も映し出されるのは、私たちが映像の外側にいるという固定観念を破壊するためだろう。これらのことが、踊るダンサーも含め、事前に通告されなかったこと、また映像や照明が即興的にパフォーマンスされたとしても、ゲストの海保は、あらかじめ踊りのパートを作ってきていたので、映像展は、純粋なダンス公演としても楽しむことのできる内容になっていた。

 打楽器の響きに混じって、砂利を踏む靴音、子どもたちの高い声、自動車のエンジン音、駅のアナウンスなどのSEが雑多に聴こえてくる。特に、駅のアナウンスの頻繁な反復は、川村美紀子の作品を思い起こさせた。白い上着、裾の赤く染まったスカート、花柄の長いパンツといういでたちの海保は、多彩なしぐさを織りまぜながら、ゆっくりとした動きでプロジェクター前から反時計回りに会場を一周。出発点に戻ると、プロジェクターの強い光に顔をさらしてから仰向けに寝転び、ステージを対角線に横切って反対側のコーナーへ。そこから、中央スペースを使った動きの速いダンスへと移行した。ひとつひとつの動きに stop and go をかけつつのダンスが印象的。やがて、先ほどとは逆に、今度は時計回りにゆっくりと会場を回りはじめ、多彩な動きの形をはさみながら二面の壁の間までくると、ケンガリの響きが激しく打ち鳴らされるクライマックスへと突入、最後の場面では、観客に背中を向けて電球のともる窓の前に立ち、鳥が飛ぶように両手を後方に広げたまま、ゆっくりとからだを沈めていった。監視カメラ(の映像)とダンスの共演は、観客の一方通行の視線を複数化することにつながり、知らないうちにシステムから監視人にさせられるというより、むしろ現実の多面性を強調したもののように感じられた。

 映像展で特に印象に残るライヴ映像は、これは毎回そうなのだが、ダンサーの身体やその動きを、足もとの至近距離からとらえたものである。「等身大」がじつは実体ではなく、ひとつの概念であることの虚構性を暴露するこの機械的視線は、カフカ的なセンスの共通性から、小暮香帆『AQUA ZONE』公演(926日、神楽坂セッションハウス)で、天井にまで届く脚立の最上段近くまで登ったダンサーが、頭のすぐうえの電球に照らされて、ホリゾントの壁に巨大な頭部の影を投影した場面を思い起こさせた。両者の間にある相違は、光が生み出す壁のうえの影が、(ときには反転して「真実の姿」にもなるような)小暮の「分身」であるのに対し、一方のデジタル映像が映し出す身体(の影)が、いわば切り刻まれた身体、無数の切片のひとつ、断片の集積へと変質させられた身体だという点にある。思いかえせば、この映像展においても、プロジェクターと映像の間にはさまって生まれるダンサーの巨大な影は、つねに分身的実体として感覚されていた。身体から引き離すことのできない一対の存在である影と、機械的にいくらでも増幅可能な、本質的に無数の切断面を作り出す監視カメラの映像群。身体に投影される映像と、映像に投影される身体(の影)。映像と身体の間に生まれるデジタル/アナログなダンス。

 私たちの場合、ここでこうした対比が可能になるのは、この映像展の場に居あわせることで、監視社会がネット上に蓄積している無数の映像の外に出る(はみ出す)ような身体を、実際に持つからに他ならない。おそらく安保法案の強行採決に抗議する国会前デモでも、映像と身体をめぐって同じことが起こっているだろう。そのようにしてはみ出す身体は、映像展の場合、即興コラボレーションの手法によって、さらに身体の共同性へと開かれる契機が与えられている。しかし、おそらく公演の質を維持するためだろう、海保文江がダンスをあらかじめ振付けたように、現在のところ、そこにははみだした身体どうしの間にずれも存在し、合意によるひとつの共同性を結ぶまでにはいたっていないように思われる。最近のヒグマの映像展で使用される「監視カメラ」のテーマに引きつけていうなら、ミシェル・フーコーが描き出したシステム化された監視社会の存在を、私たちがそれと知らずに代行してしまっている可能性を、アートの社会的な機能のひとつである気づきによって、感覚レヴェルからむきだしにしてみせてくれる映像展であるが、その先に思考されるべきものが空欄になっているように思われるのである。それは意図された空欄なのだろうか、それとも現在のダンスやアートの限界を示すものなのだろうか。



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2015年9月23日水曜日

田辺知美ダンサ・ダンス Ⅱ「カリントン」


田辺知美 ダンサ・ダンス Ⅱ
カリントン
日時: 2015年9月22日(祝・火)
開場: 6:30p.m.、開演: 7:00p.m.
会場: 東京/中野「スタジオ・サイプレス」
(東京都中野区野方2-24-3|TEL.03-5345-5898)
料金/前売・当日: ¥1,500
出演: 田辺知美(舞踏)
協力: スタジオ・サイプレス


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 舞踏家の武内靖彦が主宰する中野スタジオ・サイプレスで、田辺知美のダンサ・ダンス・シリーズ第2弾『カリントン』が公演された。初回の『kimiko』が、ワンピースを水に浸すためにスチール製の容れ物を置いた床を分岐点に、三部構成の踊りで見せたのに対し、女性シュルレアリストの名前をタイトルに冠した今回は、演技の場所と身ぶりを限定して集中したダンスが踊られた。現代音楽や音響的即興で「リダクション」と呼ばれる手法に通じるものだが、広いステージの一部分を使うことで視線のフォーカスを観客から引き出す点は、映画的なクローズアップの戦略ともいえるだろう。一本の線の上を歩くようにして演技した前回とくらべ、今回は、動きの細部を前面化するような反復が取り入れられていた。動作の反復は、それとわからないように、ゆっくりと移行する身体の向きや仰臥と腹這いの姿勢、特に後半では、最後に立ちあがる直前の時間帯に、身体を二つ折りにしたどっちつかずな姿勢を維持しながらの回転などにあらわれた。こうした反復がダンスになることを免れていたのは、あるいは、ダンスの発生を水際で押しとどめていたのは、なにかを表現することのないまま、所在なさそうに床のうえを這い、みずからの身体に触れ、空中に爪を立てながら彷徨する二つの手、照明の加減で黒く見える、青緑色のマニュキュアをした十本の指の細かな動きだった。

 反復されないもの、反復できないもの、ダンスの発生を水際で押しとどめるこの動きを、逆接的に、「もうひとつのダンス」「他なるダンス」というふうに呼べるかもしれない。なかには「舞踏」と呼ぶものもいるだろう。ただ、身体をイメージでとらえる方法が舞踏だとすれば──少なくとも、舞踏における主力の方法のひとつだとすれば──そのような身体イメージを発生させるような動きは、田辺の踊りには存在しない。動きはダンスの境域(土地のさかい。境界内の土地)をめぐっていくだけである。観る人によって、床のうえでゴロゴロしているようにしか見えないのはそのためだ。『カリントン』で反復されないものは、もうひとつあった。髪で隠れたままの顔である。固有名が記されるこの身体の場は、たとえば、上杉満代のような踊り手には、究極のダンスの場としてあるが、本公演においては、床のうえで身体を横向きに起こしたとき、経過的な動きのなかで、まるで偶然のように髪の間からのぞいただけだった。細かな手の動きを前面に立てるホリゾントのような効果を果たしながら、後景に退いていた身体から抜け出してきた顔は、そのとき一回性の出来事としてあらわれたといえるだろう。最後に立ちあがったときも、顔は髪で隠れたままだったのである。

 公演の前半に展開されたのは、観客席の側に頭を向け、ステージ中央で仰向きに寝転んで両足を抱えるという、ダンスではもちろん、舞踏でもあまり見ることのない姿勢をとりながらの動き/踊りだった。胎児の姿勢に似ているが、あきらかにそれではない。動きの発展性に乏しい姿勢。もちろんこれは、田辺が自由な動きを封じるような条件をあえて選択したということであろう。この姿勢が維持された時間帯、髪で隠れたままの顔は、実際には、明々と照明に照らし出されていたのだが、私がそれを「顔」と感じなかったのは、(自由な手の動きを封じる)拘束衣のような身体の一部として、地のなかに埋没していたからではないかと思われる。顔は他者に対したとき顔になるというようなことであるが、本作品において、それはつねにほのめかされるものとしてあった。断片的な身体への注視は、男性の欲望が生み出すそれをはずれるような広い意味においても、なお「ポルノグラフィックなもの」といえるように思う。ベルメールやウニカ・チュルンを踊る小林嵯峨が、装置としての衣裳の装着によっておこなう身体の断片化に通じるものが、『カリントン』では装置なしで実現されていた。

 タイトルにある「カリントン」という画家/小説家の名前、あるいは、事前に「アンフォルムからフォルムへ時間と身体を紡ぐ踊り」を表明しているサブタイトルを、素直に公演のテーマと考えてよいのだろうか。さらに、シリーズ初回のタイトル「kimiko」が実母の名前であるように、田辺の踊りが日常生活と近接した場所で踊られること、深い関係を結ぶことになった人の記憶を機縁にしていることなども、かねてから知られているだろう。にもかかわらず、私たちがもしこれらを踊りによって「表現」されるものと受け取るとしたら、大きく間違ってしまうように思われる。こうしたことどもは、身体のうえに(表現ならざる)動きを誘発させるため、それが具体的な物であれ個人的な記憶であれ、身体の傍らに置かれることに意味があるからである。実際のパフォーマンスでは、誘発される身体のさまを、もうひとつの身体が冷静に観察するというような事態が同時進行している。観客の目前で、所属を持たない曖昧な動きによって、踊りを封じながら動かされる身体は、それらすべての外側に放り出され、記憶のどこを探しても見あたらない、今という時間を紡ぎ出すことになるだろう。あえてサブタイトルに関連づけていうなら、『カリントン』は、微細な十指の動きと消された顔だけが、アンフォルムとフォルムの間に宙吊りになって揺れていたような踊りだった。

 田辺知美の踊りにあらわれる動きに、制度化されたダンスの動きを相対化する日常的な動作という、ポストモダンダンス的な意味を見出すだけではもはや足りない。本公演にあらわれた、身体の動きそのものを阻むかのようにがっちりと組まれる両脚や、麻痺したように突っ張ったままの脚、あるいは、日常においてもそんなふうに動くことのない、そこだけ別の生き物のような不透明さを抱えた十指の動作などについて、その先を考えなくてはならない。田辺の場合、装置としての衣裳や化粧を使わずに実現される身体の断片化は、おそらく──そこが芸術ダンスの場であれ、日常生活の場であれ──両手が十指をもっておこなってきたことの再定義(手の別の使い方)、あるいは両脚がこれまで果たしてきたことの再定義、さらには顔が私たちにもってきた意味の再定義を、それぞれの場所においておこなうことで実現されているのではないかと想像する。予断になるが、実はこのことは、勅使川原三郎や黒沢美香のような、田辺とは似ても似つかないスタイルで身体を探究するダンサーたちにも起きている出来事ではないかと思う。踊りの要素としては、むしろ広く一般的におこなわれているため、かえって見えにくくなってしまっているのではないか。断片化された身体は、伝統的な舞踏の方法にみられる、広義の振付といえるような身体イメージによって再統合されることのないまま、パフォーマンスする身体のうえで、これまでとは別の関係性を築こうとしている。これを風通しのよい身体と呼んでもいいだろう。ダンスの刷新は、こうしたレヴェルまで身体を遡行していく作業と結びつくことで、初めて可能になるように思われる。


写真提供: 小野塚 誠  



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2015年8月10日月曜日

田村のん: 波#2[matinee]


田村のん 舞踏ソロ公演
#2
一滴の血とキリのシズクと、
日時: 2015年8月8日(土)&9日(日)
会場: 東京/明大前「キッド・アイラック・アート・ホール5F」
(東京都世田谷区松原2-43-11/TEL.03-3322-5564)
8日[マチネ]開場: 16:00p.m.[ソワレ]開場: 19:30p.m.
9日[マチネ]開場: 15:00p.m.[ソワレ]開場: 18:30p.m.
(開場は開演の10分前/要予約)
料金: ¥1,500(飲物付)
出演: 田村のん(舞踏)
音響・照明:曽我 傑 宣伝美術: 高橋 亮
写真: 小野塚誠 記録: 坂田洋一



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 昨年と同じ会場、日程、時間帯、スタッフ、公演スタイルを踏襲して、田村のんがツーデイズの舞踏ソロ公演『波#2』を開催した。各日にマチネ/ソワレがある全4公演のうち、ふたつの昼公演を観劇。公演を2度観るのは、ダンサーが即興的な踊りについていうとき、実際に踊られた即興の内実を知ろうとすれば、1度の観劇では不可能なためである。これは音楽の即興演奏と微妙に異なる点だ。昨年の公演では、変形フライヤーに「まずはカラッポの体を置いてみる。新しい出会いを求め即興で踊る」という、獲得目標というか、単刀直入な動機の表明が掲げられていた。いくつかの場面を構成していく『月長石』の作品性にくらべると、より直截的に、みずからの身体にフォーカスする踊りであること、それだけに、共通して照明と音響/音楽を担当する曽我傑のあり方も、『波』のほうが、表現者としての度合いを強めている、というか、表現の場での「出会い」を求められるものとなっている。この理想的な音響係であるとともに共演者でもある曽我の立ち位置は、ダンサーと音楽家の即興セッションにおける関係性とは異質なもので、もっと注目されていいと思う。このことを前提にしたうえで、今年のフライヤーには、趣きを変え、「一滴の血とキリのシズクと、」というイメージに訴える言葉が添えられた。

 自然光を生かしたマチネ公演は数多いが、田村のんの『波は、彼女がこよなく夜を愛するからだろうか、厚いカーテンで窓をおおい、その隙間から漏れてくる陽光を生かすという方法をとっている。昼と夜──この場合の「夜」は、「昼」と対照性や連続性を持つものではなく、舞踏が切開する人工の空間ということになるだろう──が、カーテン一枚で背中合わせになった世界。窓のある壁の下には、壁に沿ってアルミホイールが敷かれ、そのうえに大小のビー玉が乗せられている。これはタイトルの「波」から「天の川」「星」と派生していった縁語的イメージを具体化したもののようだ。初日には、公演の後半で、ガサガサと音をたてながら、身体を壁に貼りつけるようにして天の川のうえに寝そべり、(見方によれば)泳ぐような格好で手足を動かしたあと、「星」のビー玉を床に転がした。『月長石』にも、物質感のある田村の身体が「月」「光」「石」を連結していくミステリアスな感覚があり、ともにダンサー固有のイメージ世界といえるだろう。夜公演では、水をかぶるなど別の展開があったようだが、こちらは未見。昨年同様、音と照明を担当した曽我傑ともども、パフォーマンスのおおよその流れは決まっていて、身体に変化のある環境を提供したり(曽我)、変化に対してストレートに感覚を開放したり(田村)するところに、両者の関係を「伴奏されたダンス」にしない即興性が生まれていた。

 印象的な身体のあらわれをいくつか記せば、まずは公演冒頭、暗闇のなかを、カーテンの下側から漏れる光に照らされて歩く足首の影があげられよう。『月長石』でも見覚えのある足首だ。二日目は、この場面にいたる前、ダンサーが会場に入ってくるとき、扉口が長めに開放され、外の光がまだ誰もいないステージを照らし出す空白の時間帯を作った。これは最後の場面で、窓にかかるカーテンの前に座った田村が、長く暗転を待つ場面と対照性をなした。偶然そうなったのかどうかはわからないが、パフォーマンスするふたりの、初日と二日目の時間感覚の変化をはっきりと示す場面だった。足首はステージのなかほどで立ち止まり、カーテンを中央で割って開く気配。初日は、外光がわずかにダンサーの顔を照らし出すように、開口に手加減が加えられて、二日目は、そこだけで一場面を作るように大きく、室内に大量の自然光が流れこんだ。カーテンが閉じられると、下手からの弱い照明が、背中向きになったダンサーを照らし出す。膝を曲げて腰を落とし、うねりをつくる背面。高く挙げられる腕。ダンサーは身体の前側だけ隠れるような茶色いセパレートの水着を着用。窓を離れ、やや上手側へ歩み出たところで、膝立ちした姿勢のまま低く床に上半身を近づけると、上手からの強いライトが彼女の顔をとらえた。説明的でもあり、論理的でもある曽我のライティング。顔を床に押しつけるように突っ伏したり、膝立ちした上体が植物のように気持ちよく伸びていく身体の形は、田村ならではのものだ。

 初回公演で掲げられていたテーマ、すなわち、表現の内容を決めず、過程を生きようとする公演でカラッポの身体に起こること、あるいは音との新たな出会いについて、『波#2ではどうだったかといえば、初日には、ゆっくりとした身体の移動や動作を、ひとつずつていねいに連結していくことが、そのまま空間を開いていく舞踏につながり、二日目は、すでに何度か素描された空間のなかで、ダンサーは自分の身体のありどころをたしかめながら、自己に帰るような舞踏をし、ひとつの場面のなかで新たな試みを投げかけてくる音にこたえていた。換言すれば、即興のなかでダンサーが自由にできるものを扱っていた。『波#2における一回一回の公演が、反復ではなく、なにものかによって満たされていく身体を生きることであるのは、『月長石』との決定的な相違だろう。一方、演奏の流れは、リズム感を生み出す電気的なループノイズからリコーダーの高音を使った断片的ノイズへ、用意された鉦などをたたいて打撃音を出し、(初日は)バロックの旋律を使ったリコーダー吹奏へと移行していった。特に後半の山場では、ライトを半円になった銀のシートで囲み、乱反射する光の波で会場を満たすと同時に、光の波を動かすためシートをたたき、その音を電気増幅して演奏するというインタラクティヴなパフォーマンスをした。これは特筆すべき曽我のセンスが発揮された場面だったと思う。

 感覚にも個人差があるだろうが、そのことを前提にしていえば、みずからの身体存在に問いかけるタイプの舞踏でありながら、田村のんの身体がかもし出す物質感には、性的なニュアンスが感じられない。ときには植物的であったり、動物的であったり、昆虫的であったりもするが、それらはひっくるめて「生物的」と言い換えられるようなもので、それ以上に本質的なありようをしているのは、彼女自身が、象徴的に「ヒスイ」や「月長石」を持ち出しているように、光、波動、形のないエネルギーを内に閉じこめておくための宝石の皮膚感、鉱物の物質感のように思われる。これは彼女の舞踏のクールネスに関わっている。『波#2』のマチネ公演でもっとも印象的だったのは、下手からの強烈な白いライトに照らされながら、石のように丸くなってうずくまり、白塗りした背中で印のようなものを結んだ二日目の場面だった。まだらになった白い肌のうえに咲いた十指は、海中の岩礁に生育するイソギンチャクのようで、どこか人間的なイメージから離れたものだった。微小生物を喰らう凄惨な場面と、一輪の花が咲く静かな風景を背中合わせにしたような。田村の舞踏の存在感は、彼女のダンス歴にあらわれる小林嵯峨や上杉満代のダンスとは違い、イメージ的である以上に即物的な身体のありようをもってせまってくる。



 【関連記事|田村のん】
 「夕湖 - 在ル歌舞巫 - 田村のん:三樹」(2015-06-01)

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2015年6月30日火曜日

ヒグマ春夫の映像パラダイムシフトvol.67 with 工藤響子


Visual Paradigm Shift Vol.67 of Haruo Higuma
ヒグマ春夫の映像パラダイムシフト vol.67
ゲスト: 工藤響子
日時: 2015年6月29日(月)
会場: 東京/明大前「キッド・アイラック・アート・ホール1F」
(東京都世田谷区松原2-43-11)
開場: 7:00p.m.、開演:  7:30p.m.
料金: ¥2,000
出演: ヒグマ春夫(映像作家、美術家|performance)
ゲスト: 工藤響子(dancer)
照明: 早川誠司
協力: キッド・アイラック・アート・ホール
予約・問合せ: TEL.03-3322-5564(キッドアイラック)



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 「ヒグマ春夫の映像パラダイムシフト」シリーズ(以下「映像展67」と公演回数を付して略記する)には珍しく、『柔らかい皮膜』というタイトルがつけられた前回のソロ・パフォーマンスは、映像に関して、現時点であらわれている複数のテーマを整理して再提示するインスタレーションだった。工藤響子をゲストに迎えた今回の「映像展67」は、あらかじめ撮影された工藤自身のダンス映像はもちろん、過去に使用した映像や、「皮膜」「皮膜体」に関わる美術要素を再構成したインスタレーションのなかで、ダンサーと即興的なコラボレーションをするという、映像展の通常のスタイルに戻っておこなわれた。本公演に先立って、1980年代にまでさかのぼるヒグマの映像展のうち、作家が現在のテーマに直結すると考えた作品──1981年『白いオブジェのために』、1990年『五輪の証』、2002年『DIFFERENCE』、2011年『映像インスタレーション&パフォーマンス』──が、ダンサー小松睦を迎える次回の「映像展68」(729日)のフライヤーの裏に、「時空間に『柔らかい皮膜体』として、物質的な不透明性、半透明性、透明性、そして網目織という観点で存在した4点の映像インスタレーション」というタイトルとともに列挙され、写真入りで解説されている(下欄参照)。解説文では、「皮膜」が「皮膜体」と呼びかえられ、映像の物質性/身体性からスクリーンの物質性/身体性へと視点がずらされているのを見落とすことはできないが、当然のことながら、映像展に持ちこまれる美術要素は、作家サイドにおいて、アートがアートであるために欠くことのできない、明確なテーマ性を持ったものであることを示している。

 「映像展67」には4種類の皮膜体が登場している。公演の前半を支配した皮膜体1は、ステージ中央に、神前幕のように左右に分けて吊るされた白いメッシュ地の薄布で、真中の房の位置にも長い布を垂らしたもの。緑のある公園らしき屋外の場所で踊る工藤の映像が投射される。後半を支配した皮膜体2は、上手奥にまとめられた一塊のビニールで、送風機から風を送られて巨大な風船のようにふくらんでいき、観客の目の前を壁のようにおおうまでになった。最前列にならぶ観客のなかには、身体の半分がビニールにめりこんでしまう人がいたほどである。巨大風船の奥で、なにやら激しい音をさせる工藤は、半透明のビニールの皮膜にぼんやりと影が映るばかりで、なにをしているのかはまったくわからず、彼女がふりまわす寒色系と暖色系の電球を交互につけた紐のようなものが、ときどき身体のありどころを照らし出す具合だった。皮膜体3はホール奥の壁で、メッシュ幕がとらえきれなかった映像を受ける冒頭につづき、公演の中間部では、幕が落ちたあと映像を支える橋渡しの役割をした。最後の皮膜体4は、いうまでもなく、出来事を起こしていくダンサーの身体そのものだ。前者ふたつの皮膜体は意識化されたものであり、後者ふたつの皮膜体(壁面、皮膚)は、物体の表面であり、透明・半透明でないため、あるいは内側に入れないため、かならずしも気づかれるとは限らない、無意識の領域にある皮膜体である。「映像展67」では、皮膜を内側から映すカメラの視線はなく、ダンサーが皮膜の内外を出入りするところにパフォーマンスの流れが作り出された。

 公演に使われた映像は、工藤の屋外ダンスの他にも、波紋をデジタル処理したような抽象的な動き、鈴木優理子が踊った「映像展62」(20141029日)に登場した子どもの運動会の様子、過去のいくつもの映像展に出現していたデフォルメされた泳ぐ魚など。上手の椅子に座ったダンサーは、開始早々にはずれた右側の白幕をささげ持ったり、身を低くして観客席前まで進んでくると、プロジェクターの光を真正面から受けて立ちあがり、両手を前に出して、強い流れに押し返されるようなしぐさをしながら、じりじりと後退したところで落下してきた白幕を身に巻きつけたり、巨大ビニール風船のなかで、皮膜に投影される映像とは無関係に風船内を動くなどした。クライマックスの場面では、映像が消えたあと、大風船の内側からビニールを中央に寄せて大きく波打たせ、しばらく波打つ皮膜の大海原に顔を見え隠れさせていたかと思うと、そこからの突破がむずかしかったのか、観客席側の壁に移動して皮膜を引き裂き、一気に外に飛び出した。公演の最初から左足首に巻かれていた黒いゴム輪はそのままだったが、大風船のなかで、前半に着ていた白い衣裳は黒い衣裳に着替えられていた。ここまで映像展の雰囲気を決定していた水滴や荒い息づかいの響きは、唐突に鳴り出した3拍子の管弦楽曲で打ち破られ、本公演では唯一となるダンス的な展開をへて終幕となった。見られるように、工藤のダンスは、映像の内容にではなく、(おそらくは衣裳の延長線上にある)複数の皮膜体に呼応するものだったと思われる。

 ここで形式的な整理を試みておけば、ダンサーとコラボするヒグマ春夫の映像展において、舞台/俳優、装置/身体というように、出来事を二項対立的にとらえる習慣的な意識を突き崩す映像の身体性は、「皮膜」と「皮膜体」という二種類の概念に結びついてあらわれてくる。前者の「皮膜」は、ヒグマ自身がカメラを手に山道を登る動画「映像の身体性」をYouTubeに投稿した(下欄参照)ように、映像を撮影/投影するカメラの視線がテーマになるとき、撮影者/投影者であるヒグマ自身の身体を介在させて、ある種の自己言及性とともに、映すものが映し出されるコンプレックスした関係へと観客を巻きこんでいく。後者の「皮膜体」は、ダンサーの身体や動きが、映像インスタレーションを多様に組み換えていくときに露出してくるもので、他者の身体を迎えることによって、映像の身体性がいわば客体化し、皮膜体との間にコラボレーションの関係が生まれてくるといえるだろう。複数の身体が、カメラの視線や映像を介して交錯的な関係に入るとき、ヒグマが「映像とはいったい何だろう、映像が関わるとどんなことが可能になるのだろうか」と書く問いが、可能性として問えるようになってくる。映像展においてダンサーに求められるものは、ある意味で過重なものと言えるだろうが、それはすべての結果を受け入れる自由の名においておこなわれている。


写真提供: ヒグマ春夫   


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■ 時空間に『柔らかい皮膜体』として、物質的な不透明性、
半透明性、透明性、そして網目織という観点で存在した
4点の映像インスタレーション。

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2015年6月8日月曜日

榎木ふくソロ舞踏公演『父、滋。』



榎木ふく ソロ舞踏公演
父、滋。
日時: 2015年6月7日(日)
開場: 6:30p.m.、開演: 7:00p.m.
会場: 東京/中野「テルプシコール」
(東京都中野区中野3-49-15-1F)
料金/前売・当日: ¥2,000
作・演出・出演: 榎木ふく(舞踏)
音響: 武智圭佑(maguna-tech)
照明: 夕湖
舞台監督: 宮尾健治
宣伝美術: Stand Ink.
撮影協力: 小野塚誠、坂田洋一、高橋哲也
協力: 本澤ノエマ、武智博美、勝部順子、はなこ



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 榎木ふくソロ舞踏公演『父、滋。』のフライヤーには、日のあたる縁側に座って煙草をくゆらす、白い帽子をかぶった作業着姿の男の写真が使われている。男の目は、強い日ざしでできた帽子の陰になって見ることができない。誰が撮影しているのだろう、男はカメラを気にする様子もなく、目の前に小さな庭でもあるのだろうか、あるいは、小犬が溺れたという川が見えるのだろうか、脚を組み、組んだ脚に右腕を乗せて、まっすぐ前を見ている。写真の表面は、鉛筆で引っ掻いたような細かな傷におおわれ、とりわけ自然についたとは思えない長い横線が、男の脚のあたり、胸のあたり、顔のうえを走っている。傷はフライヤー・デザインにも反映され、公演タイトルを左に寄せてできた右側のスペース、男の左半身からフライヤーの右肩にかけて、乱雑に殴り描きしたような黒い縦線が踊っている。さらに注意して見ると、細かなひっかき傷は、男の姿を消去しようとして、あるいは無視してつけられたものではなく、そこだけ遠慮がちに避けられていることがわかる。なによりもこの写真が捨てられなかったこと、破られなかったことが、『父、滋。』を踊る榎木ふくの存在の構えと深く結びついているように思われる。憎もうとして憎みきれない人、許そうとして許しきれない人に、みずからの身体をもって対面しなおすこと。

 榎木ふくソロ舞踏公演『父、滋。』は、確執のある家族をテーマにした半自伝的作品である。ステージ下手には、楽屋口を隠すようにして一本の紐が吊られ、公演の途中で着替えるために用意された衣服が、部屋干しされた洗濯物のようにかけられている。上手の床にはテレビ受像機。日常の生活空間をイメージさせるこれらシンプルな小道具は、作品に登場する孤独な身体が、日々の生活のなかから生まれてきたことを暗示するものだった。かたや作品は、リアリズム演劇にならない、十分に抽象化された身体の三景で構成された。客電が落ちる前、グリーンの上着に黒いズボンを着用した裸足のダンサーは、ゆっくりとした歩調でステージに入る。第一景は、「僕はオヤジが嫌いでした」という決定的な言葉を反復しながら、あらかじめ録音された声が、坦々とした調子で実父と暮らすなかで受けた心の傷を数えあげ、踊りの前提になる物語の大枠を語るもの。酔って帰った父が暴力をふるったこと。母が36歳のとき子宮癌で他界したこと。弟が拾ってきた小犬を父が家の前の川に捨てたこと。大雨で増水した川で小犬が溺れ死んだこと。いっしょに暮らしていた祖母を父が追い出したこと。お昼の弁当がやがて作られなくなったこと。二人の兄が家を出て寄りつかなくなったこと。自殺未遂をしたこと。学校でいじめにあったこと。これらのことを父が知らないだろうこと。学校を中途退学して田舎と父を捨てたこと。どこか諦めに似た、坦々とした語りの声を聞きながら、ステージ中央に立った榎木は、ほとんど立ち位置を動くことなく、大きく上半身を反らせたり、空間を掻きむしったりした。

 第二景では、観客に背を向けた榎木が、砂嵐状態のテレビ受像機の前で寝転んだまま、身動きひとつせずにじっとしている。ほとんどストップモーションの状態で、倒れたままの身動きしない身体が、手も足も出ない孤独な存在の様相をイメージさせる印象的な場面だ。横たわった身体が、じわじわと空間を生み出していく。このあたり、榎木が発見した新しい舞踏の形といえるのではないか。ややあって立ちあがった榎木は、下手の衣服のところまで歩き、ステージで裸になって着替えてから、さらに手拭いを顔に巻いて表情を消し、「人以前」の存在になって、ふたたびテレビの前に寝転んだ。わずかに動くのは、画面に触れようとする指先だけ。かろうじてまさぐられる命のありどころが、孤独の情景にスパイスを与える。ぼんやりと砂嵐のホワイトノイズが聞こえるが、実際にブラウン管から出ている雑音なのか、音響の武智圭佑が出している音なのか区別がつかない。次第に音量があがり、ループによって作られる音楽的なビートが加わると、ここまで空間の基調をなしていた青い光は暖色系のライトにスイッチし、榎木は立てないダンスへと移行する。七転八倒のあと、下手の柱につかまって危うげに立ちあがったのは、もちろん「自立」という新たな事態へのジャンプを身体で演じたものである。テレビが自動的に切れ、上手にある床置きライトが対角線に光を投げると、場面は第三景へと移行する。顔から手拭いをはずしてパンツひとつになる榎木。ステージ中央にスポットライト。雨の音が到来する。榎木は光の輪のなかで踊る。

 スポットを浴びて床に座り、右足を折って左足を前に投げ出す姿勢から、うつ伏せになって床をつかむ姿勢へと移行、さらに床板にへばりつく格好から尻があがっていくところにエロチシズムが立ち昇る。身体を地面に縛りつける、存在の舞踏としかいいようのない動きが展開していくなか、雷雨の響きが音量を増し、やがて遠ざかっていったところで暗転、終幕。音と身体の関係に即していえば、第二景と第三景は、おそらく同一の構造のなかにあったといえるだろう。動くことのできない物質化された身体に、ノイズや自然音のヴァイブレーションが一種の「感情」(もうひとつの声)を与え、身体を賦活するというような。砂嵐のホワイトノイズから雷雨へ、テレビの前の動かない身体からスポットのなかの地を這う裸体へという場面の推移はあったものの、この構造の反復が、ドラマチックなクライマックスの効果を弱めたように感じられた。しかしながら、これは演出の問題というより、『父、滋。』という作品がもっている宿命的な枠組の問題というべきだろう。というのも、「嫌い」という、受け身で相手を押しのける関係性のなかで、榎木ふくは、彼固有の孤独な身体の存在スタイルが、当の父親からもたらされたものであることを何度も確認することになるからだ。日常空間における孤独な存在が、舞踏する身体を獲得することによって、あるいは『父、滋。』という作品の創造において、癒されたり、昇華されたりするのではなく、反復されてしまうこと。演劇的なドラマツルギーでは解決不能の、舞踏的な身体のドラマツルギーが構想される必要があるだろう。おそらく榎木は、すでにそのことに思いあたっているはずである。



写真提供: 小野塚誠   


 【関連記事|榎木ふく】
 「榎木ふく×勝部順子: 二人の夜」(2014-10-20)

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2015年6月1日月曜日

夕湖 - 在ル歌舞巫 - 田村のん:三樹


三樹(みき)
夕湖 - 在ル歌舞巫 - 田村のん
日時: 2015年5月31日(日)
会場: 東京/神田「美學校」
(東京都千代田区神田神保町2-10 第二富士ビル3F)
開場: 5:00p.m.、開演:  5:30p.m.
料金: ¥1,500
(会場が狭いため、なるべく予約をお願いします)
出演: 夕湖、在ル歌舞巫、田村のん(舞踏)
音響・照明:曽我 傑
予約・問合せ: e_mail: moonstone_70326@yahoo.co.jp
当日・問合せ: 03-3262-2529(美學校)
協力: 美學校、坂田洋一
企画: 田村のん



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 神田神保町の交差点を、ヤマダモバイルの巨大な赤看板がある側に出て右へと進み、咸享酒店の角を曲がって裏路地に入ると小さな公園にぶつかるが、そのすぐ先に第二富士ビルがある。夕湖、在ル歌舞巫(イルカスミ)、田村のんの3人による舞踏公演『三樹(みき)』が開催されたのは、このビルの3階で教場を開く「美學校」だった。10年ぶりの共演となる三人は、2004年に小林嵯峨の舞踏教場で出会った同窓生である。美學校の教室は、弱々しい風を送ってくる扇風機が上手の台のうえで首を振るだけで、冷房設備もなく、窓を閉め切れば、初夏の暑さがじわじわと迫る板張り床のスペースだった。高さの違う木製の箱に赤い座布団を乗せて観客席が作られ、背面に窓を背負った踊り場には、4体のトルソー・マネキンが横一列に置かれていた。公演はきっちり構成されたもので、最初に夕湖のソロがあり、次に声をあげて在ル歌舞巫が登場してくる。先にソロを終えた夕湖がそのまま上手に残り、田村は在ル歌舞巫を追って早目にステージに入って下手に座る。在ル歌舞巫は、詩のような言葉、祈りのような言葉をきれぎれに声にしながら身体を投げ出すようにしてソロを展開(この部分は無音)、やがてギターのアルペジオが流れ出すと、両脇に座ったふたりが在ル歌舞巫にそれぞれコンタクトをはじめ、格闘のような舞踏セッションを見せたあと、田村を残してふたりが下手に退場していく。田村のソロがあり、最後は、在ル歌舞巫が無伴奏で歌う「アメイジンググレイス」とともに全員がステージに再登場、一列にならんだマネキンの間にひとりずつ立つと、背後の窓を開放して終幕。

 時間の経過とともに、顔から滴り落ちるほどの汗を流しながら、とてもゆっくりと、美しい、目の詰まった動きを連ねていった夕湖、かたや想いを声に出し、身体を大きく動かす身ぶりにして他者に届けようとした在ル歌舞巫、ふたりはともに黒い衣装を着用していた。それだけに、強い照明に燃えあがるような鮮烈さで映えた夕湖の足指の出た赤いズックと、頑丈な登山靴のようだった在ル歌舞巫の黒い運動靴の対比が印象的だった。田村のんは、襟や袖の折返し部分が黒くなった白いタンクトップに赤の短パンという、カジュアルな、という以上に、ついさっきまで自宅で寛いでいた部屋着のままであるかのような衣装でステージに登場した。これがまたじつに彼女らしい。床に尻を着け、天を仰ぐ格好で身体をびくつかせたり、それとは対照的に、後方に手を投げながら尻を高くあげ、苦しげな表情をした顔を床に擦りつけるなど、田村は踊りの型に独自性を発揮するようなダンスをした。ソロとコンタクトの双方で、3人それぞれに特徴のあるパフォーマンスが見られたことは、『三樹』での10年ぶりの再会を、記念すべきものにしたと思う。最後の場面で、田村と夕湖が背後の窓を開け放したとき、田村は窓から顔を出し、近所に響き渡るほどの大声を腹から出して、何度か「アーッ」と叫んだ。予想外のこの行為は、会場にいた人々に、『三樹』を企画した彼女の心情をストレートに伝えるものだった。

 窓際に立てられた4体のトルソー・マネキンは、会場の美学校を、どこかの縫製工場か服飾デザイナーのアトリエのように見せていたが、それだけでなく、人型がかもしだす特異な雰囲気は、そこで踊ることになる身体についても、なにがしかのコメントを付すことになっていた。なによりも、最後の場面で、踊り手がマネキンの間に入って一列にならぶ構成は、この公演が、踊るマネキンの物語だったことを暗示していた。うだるように暑い日、休日で従業員のいない閑散とした下町のマネキン倉庫、トルソー・マネキンに頭や手や脚がはえてきて、見たことのない奇妙なダンスを踊り、これまで言わずにきた想いを口にしはじめる、というような。そのような目で全体をみれば、トップで踊った夕湖が、ソロの最後に上手の端まできたとき、ロッカーと事務用ラックの間の隙間に頭を突っこみ、まるで故障したロボットのように前進しつづけた場面にも、あるいは、在ル歌舞巫とのデュエットからソロの演技に入る前、立ちあがった田村がマネキンの一体に向きあって動かなくなった場面にも、人形的=マネキン的な質感が漂っていたことに気づく。このことは、ソロがあり、コンタクトがある公演を、ダンサーの組みあわせという構成で見せるだけではなく、作品としての鑑賞を可能にするような物語として働いたと思う。『三樹』のトルソー・マネキンは、(手も足も出ない)身体のプロトタイプを提供していた。

 最後に、本公演に付随するような、舞踏を論ずる際の一般的な難点の指摘をもって結語としたい。『三樹』公演は、3人の踊り手が、ここまで踊りを継続してきたおたがいの健闘をたたえ、現在の地点に立ってエールを交わすという、パーソナルな動機に発する「同窓会」の側面と、共軛不能の、入替え不能の身体を立てる舞踏家として活動してきた単独者たちの共演という公的な側面を、ふたつながら折り重ねるものだった。ふたつの側面は、どんなダンスにも大なり小なりあるものだろうが、一般的にいって、作品や振付のあるより “芸術的な” ダンスにおいては、表現が実生活と切り離される度合いでその領域の「自立度」「完成度」が評価されるのにくらべ、舞踏の場合、創造されたもの=作品よりも、むしろ踊り手の存在(身体存在)そのものにフォーカスする傾向が強いことから、ふたつの領域は、「生活」という言葉を介して地続きのもの、トータルなものとして理解され、どちらか一方だけを受け取ることのないような鑑賞態度が、いつのころからか人々に共有されてきている。形式的なダンスのありようを無化するための寛容さ、許容範囲の広さ(誰にもできるダンス)が一方にあり、[身体]存在の受けとめはそのままに、公的な領域に身をさらすことの厳しさ(誰にもできないダンス)を求める鑑賞者や実践者の態度が一方にある。日常生活の領域を対象とすることができたからこそ、舞踏は「肉体の叛乱」以後を生きのびたともいえようが、一方で、それ自体の二律背反的なありようは、観客と踊り手の関係を曖昧にしたり、舞踏の本質論を現在形で語ることをむずかしくする要因にもなっているのではないかと思われる。



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2015年5月26日火曜日

ヒグマ春夫の映像パラダイムシフトvol.66「柔らかい皮膜」


Visual Paradigm Shift Vol.66 of Haruo Higuma
ヒグマ春夫の映像パラダイムシフトvol.66
柔らかい皮膜差異への眼差し
日時: 2015年5月25日(月)
会場: 東京/明大前「キッド・アイラック・アート・ホール1F」
(東京都世田谷区松原2-43-11)
開場: 7:00p.m.、開演:  7:30p.m.
料金: ¥2,000
出演: ヒグマ春夫(映像作家、美術家|performance)
工藤響子(dancer)、小松 睦(dancer)
照明: 早川誠司
協力: キッド・アイラック・アート・ホール
予約・問合せ: TEL.03-3322-5564(キッドアイラック)



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 チラシなどの前情報では、第一部で、ヒグマ春夫による映像パフォーマンス「柔らかい皮膜」差異への眼差しがおこなわれ、第二部では、工藤響子(キッドの1Fホールで踊る)と小松睦(公園らしき屋外で踊る)のダンスを撮影した二本の映像が上映される旨が報じられていた。しかし当日、構成は大幅に変更され、二部で上映が予定されていた映像は、背後から扇風機によって送りこまれた風にふくれあがり、観客の眼前でゆれながら滝壺のようにそそりたつ巨大なビニールの皮膜のうえに投影される映像のひとつとして一部にくりこまれただけでなく、映像の主人公となったダンサーもまた、白い衣装を着用してビニールの内側/裏側にはいり、チカチカと点滅する懐中電灯をともしたり、ぼんやりとした動きをしたり、照明を担当した早川誠司にタイミングがまかされている(らしい)ライトに背後から照らされ、半透明の皮膜に影を投影するというパフォーマンスがおこなわれた。ひとりのダンサーは、後半で、皮膜の下手端から這うように出てくると、ステージ中央で皮膜の内側に這い戻ったりしたが、身体はあくまでも作品の一部として感じられるもので、ダンスによって映像作品とコラボする別の身体とは考えられていないようだった。少なくとも、そのような身体の立ち方はしていなかった。

 皮膜の内側にダンサーの身体を置くという設定は、2008年にスタートした過去のパラダイム公演にも似たケースがあることが予想されるが、直近の例では、端的に、<ACKid2015>に参加した宮保恵の公演(2015427日)の再引用といえるものである。宮保の公演は、最終的に、ダンサーが皮膜を破って誕生する映像と身体の「コラボ」だったが、小松睦と工藤響子は、(これから予定されている共演のなりゆきは予言できないものの、今回に限っていうなら)内側、外側から皮膜に触れる影を揺曳させることで、ダンスする身体をポジからネガへと移し替えていた。あるいは、公演冒頭、ヒグマ自身がカメラを携えて皮膜の内側に入り、観客席の背後のプロジェクターから 同時中継で皮膜の内側の映像を投射したとき(一方通行的な内外のパースペクティヴを混乱させ、そこに別の視覚経験を立ちあげようとする未見の実験装置だが、宮保公演ではダンサー自身がカメラを携帯した)に聞こえていた足音だとか、ダンサーふたりの映像が連続して上映される前、ヒグマが皮膜の外に出てきて、同時中継の画面をスイッチして映し出した道路上を移動していく風景などは、すでに宮保公演でも出現していたものである。これらのことは、同時中継に見えているもののなかにも、すでにたくさんの過去の記憶が混入していることを意味している。

 そもそもの話、ここで表記している同時中継も、現在の時点を意味するものではなく、衛星放送のように、少しずれたタイミングで映像が投射され、観客が生な身体で見ている出来事との間でタイムラグを生じる近過去の引用といえるものである。つまりここでは、視覚のパースペクティヴが混乱させられると同時に、現在と過去の時制も、ひとつやふたつではなく、複雑に混乱させられているといえるだろう。当日配布されたパンフレットの解説には以下のように記されている。「柔らかい皮膜体のスクリーンは、大きな器である。その器にはまだ何も入ってはいない。映像を投影することや身体が関与することで器は満たされる。そんな空間に、演者や観客が立ち会うことで経験を実態化する。というのが今回のコンセプトである。もちろん映し出される映像や関与する身体のアプローチもキーワードになる。[中略]今回のパフォーマンス「柔らかい皮膜」は、ブヨブヨ・フワフワという視覚言語を用いた。いうまでもなくブヨブヨは視覚的な内部をあらわし、フワフワは視覚的な外部を表している。/所謂「内と外」「表と裏」などの違いを同時に表そうとすることで、その中間領域を表出しようとした試みである。」

 感覚できない「中間領域」を「実態化」する経験の可能性は、複数の映像を集める「柔らかい皮膜」の存在を前提にしている。正確にいえば、ここでは映像の物質的な土台を問うことが(隠れた)テーマとなっている。ブヨブヨ、フワフワする皮膜の存在──観客の視野をおおうように垂れ下がる半透明のビニールは、それ自身の透明性を条件とする通常のスクリーンにくらべれば、はるかに物質感にあふれたものだが、これまでのパラダイム公演におけるコラボからみれば、広い意味での平面の復活、イメージの前に観客を引き連れてくる絵画の伝統に回帰するもので、そのことがあるからこそ、皮膜の内部に身体を置くことで、実際には存在しないイメージの裏側を見せるという、アクロバチックな想像力を喚起する仕掛けが成立するように思われる。すなわち、新たな感覚の生成のため、ここで混乱させられているのは、観客の身体に内蔵された視覚の伝統と劇場構造ということになるだろう。解説文で触れながら書かれていないこと、それは先述した映像の時制という時間の要素だけでなく、「ブヨブヨ・フワフワ」というオノマトペを、視覚的な外部/内部の対立で説明しながら、そのすぐ近くで働いている触覚の存在である。皮膜が同時に皮膚であること、たちまちにして皮膚の感覚を触発してくること。半透明のビニールに触れるダンサーたちの身体、その指先や足先は、まさに皮膜を皮膚として感覚させるものだった。

 最後にもうひとつ触れておくべき再引用は、あらかじめ撮影されたダンサーの映像と生身のダンサーの共演という関係性の作り方だ。これは、昨年おこなわれた12日間の連続公演「精魂と映像とのコラボレーション2014」(924日~106日、明大前キッド5F)のコンセプトになっていたものである。今回の映像パラダイムシフト公演では、映像を介したダンサーの自己言及的パフォーマンスが目指されたわけではないので、ダンサーたちの動きは、皮膜に触れる手が映像の向こう側から伸びてきたり、半透明のビニールに誰とわかるほど顔が接近したりといった遊戯的なふるまいに限られていた。いくつもの過去作品を自己引用することで構成された映像パフォーマンス「柔らかい皮膜」は、ヒグマ自身がもう一度検証してみたいと思った重要な点を、ひとつの作品に組みあげることで整理しなおしたものといえるだろう。そのなかにあって、今回つけ加わった新たな要素は、映像の物質的な土台を問うというテーマではないかと思う。それは映像の身体性と呼んでもいいようなものだ。これまでの公演でも、壁やオブジェ作品に映像を投影するなど、スクリーンの透明性は前提にされてこなかったが、それが本公演で前面化したのは、他でもない、パースペクティヴや時制が異なる複数の映像の同時体験を可能にするため、一枚の皮膜が必要になったことによる。



 【関連記事|ヒグマ春夫】
  「ヒグマ春夫【第2弾】連鎖する日常/あるいは非日常の3/21日間
(2013-10-11)   
  「佐藤ペチカ@ヒグマ春夫の映像パラダイムシフト Vol.59
(2014-05-29)   

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2015年3月22日日曜日

黒沢美香: 薔薇の人 vol.17「deep」vol.4


怠惰にかけては勤勉な黒沢美香のソロダンス
薔薇の人 vol.17: deep
[最終公演]
日時: 2015年3月20日(金)&21日(土)
[昼の部]開場: 1:40p.m.、開演: 2:00p.m.
[夜の部]開場: 7:30p.m.、開演: 7:30p.m.
会場: 横浜市/大倉山記念館「集会室」&「ホール」
(神奈川県横浜市港北区大倉山二丁目10番1号)
料金/前売: ¥3,000、当日: ¥3,500
昼夜はしご券: ¥4,500(要予約)
リピーター割引: ¥2,500(要予約)
(複数回の公演をご覧になる場合には、2回目以降割引になります)
振付・出演: 黒沢美香
演奏: 椎 啓、越川T.(昼公演)
演出協力: 小林ともえ、首くくり栲象
Public Acoustic: 椎 啓 照明: 木檜朱実
現場監督: 河内 崇 制作: 平岡久美
主催: 薔薇ノ人クラブ

*観劇日: 3月20日/昼夜公演とも



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 踊ろう!と燃えたらダンスは逃げてだからといって冷めて踏めば弾き飛ばされ、門の中に入れない。どう測りどう踏むとダンスに逢えるのか。だったら反対にダンスではないとはどういうことか。この境界線を怖ろしい気持ちで渡るのが「薔薇の人」の勤めで儚くて余計で遠回りな道を選んでいる。この度はナイト&デイだ。昼間は密やかに会議室で、夜は開け放ったホールにて踊る、原始的で古臭いこころみです。そして夏・秋・冬・厳冬にくり返し同じ部屋に立つこと。そして昼も夜も異常であること。
(黒沢美香、フライヤー文面)  



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 早春の大倉山記念館でおこなわれた黒沢美香のソロダンス<薔薇の人 vol.17>『deep』は、昨年の夏から、秋、冬と3シーズンにわたり、マチネは集会室で、ソワレはホールでという昼夜別々のパフォーマンスを2デイズにわたって公演するという同一スタイルで継続されてきたシリーズの最終回にあたる。公演スタイルに合わせ、両方を観ると割安になる「昼夜はしご券」が用意され、多くの観客が利用している。昼と夜の間にはホールでのリハーサルがあり、待ち時間が4時間もあるので、人によってはいったん自宅に戻り、昼寝して会場に出直して来られるほど余裕があるのだが、多くの観客が大倉山記念館の周辺で過ごすのは、おそらくそこに「山に籠る」感覚があるからではないかと思われる。山のうえにある記念館まで足を運んでくることのうちに、自覚するしないに関わらず、観客の身体が変成意識状態に入る過程が組みこまれているようなのである。あるいは、このような公演スタイルの裏に、私たちが、長い時間をかけて身につけてきた非日常を迎えるための民族的、伝統的スタイルが隠れているといったらいいだろうか。山に残った参加者たちは、友人と商店街で食事をとるために駅前まで降りたり、そのまま待合室で仮眠をとったりと、思い思いに余白の時間を過ごすことになる。個々人の自由にまかされているためつい見落としてしまうが、おそらくはこのような時間のありようを経験することもまた、薔薇の人『deep』を観ることの一部になっているようだ。

 ふたつの公演が作り出す余白の時間帯、高台から眼下に広がる街を見下ろすことのできる昼から、森が闇に深々と包まれる夜へと記念館周辺の様相が一変していくなか、大倉山にお籠りする人々には、黒沢美香のダンスが投げかけた謎からつかのま解放されながら、いましがた目撃した出来事のことを考えたり、ぼんやりと感じたりする時間が与えられる。第2集会室でのマチネ公演。公演のたびごとに、寸分の狂いもなく、おなじ振付の非ダンス/ダンスが再演=反復される可能性もあったが、最終公演では、椎啓、越川T.というマージナル・コンソートの演奏家が、開場時から集会室内に立ったことで大きな変化がもたらされた。会場内に仁王立ちする男については、なんのアナウンスもなく、演奏家とわからなければ、思いこみの激しい黒沢ファンが、迷惑なふるまいにおよんでいるのと区別がつかない。ふたりの男は、開演と同時に小物楽器をかすかに鳴らしはじめた。演奏に使われる小物楽器は、窓枠を置き台にしてたくさん用意され、プレイヤーは楽器を持ち替えるたびに立ち位置を変えながら演奏、このためややあって会場に入ってきた黒沢のダンスも、これまでの公演とは違う、まったく別の条件で踊られることとなった。出される音はすべて、音楽的な意味を帯びない空気のふるえや風のそよぎのようなものだったのだが、その音のありよう自体が、ダンスがはじまる前に、この公演のコンセプトを素描・説明してしまっていた。さらに、もっとよくないことは、立ち位置によって、演奏家とダンサーが作る三点で空間が閉じてしまい、動きの予測不可能性を縮減する結果となったことである。これは謎をひとつ消したというほどの大きな変化だった。

 先行して演奏をはじめたふたりのプレイヤーの立ち位置が、ダンサーの動けるスペースや動線をあらかじめ決定してしまうことで、黒沢ならではのダンスらしくない動きが生み出す謎は消失した。この点についてもう少し述べてみよう。集会室のなかで進行していたふたりの演奏を、開け放された扉の外の廊下に立って聴いていた黒沢は、室内の観客に自分の姿が見えるように少しずつ扉のそばに移動しつつ、演奏の切れ目を待って扉を抜けてきた。<扉の外をうかがう><扉を閉める><鍵をかける>という、これまでそうしてきたような一連の動作を保留して、部屋の奥に進もうとしては引き返すという足先の動きをくりかえしていたが、ややあって扉まで戻り、一連の動作をすませた。部屋の中央に置かれた小さなバンビの人形を大きく迂回するように、部屋の周囲に座る観客の足先をかすめて歩くという動線も放棄され、ときおり身体を深く沈めながら、ふたりの演奏家との距離をはかりつつ、大きく足踏みをするような、歩行するような感じで動きをつないでいった。これは、動きが即興的にならざるをえない条件を、新たに引き受けたということだろう。三人の立ち位置が三角形を形成すると空間が閉じる。かたや、立ち位置が一列に近くなったり、部屋のサイズまで大きく開くような場合には、関係や空間に曖昧さが戻ってきた。しかしそれは偶然の産物らしく、そのことに無頓着な動きは、三者が相対して立つときの空間の固定化を多く招いていた。

 日没に近い夕方から夜にかけて、大倉山自然公園は、山籠もりの非日常性と、金曜日の平日、ベビーカーを引くママ友、老夫婦、恋人どうしなど、近隣の住人が散歩に通ってくる日常性とが交錯するところに、時空間の重層性を感じさせる特殊な場を形作っていた。拍手を受けることもなく演奏家が退場し、つづいてダンサーが退場し、はっきりとした終演の幕を降ろすことなく『deep』のマチネ公演は終わった。このあと、観客であることからつかのま解放され、大倉山の場所と時間を体験することが、じつは終わったと思った作品の一部だと考えるのは、黒沢美香のソロダンスが、ダンスと非ダンスの境界線を探索する作業だと公言されていることによる。「どう測りどう踏むとダンスに逢えるのか。」「反対にダンスではないとはどういうことか。この境界線を怖ろしい気持ちで渡るのが『薔薇の人』の勤めで」「儚くて余計で遠回りな道を選んでいる。」ダンスはどこからはじまるのか?  踊る身体のどこに、日常性と非日常性の境界線があるのだろうか?  そもそも、そんなものなどあると仮定していいのだろうか? そのようなコンプレックスした問いを抱える身体の試みを、ひとりの観客として観劇したあと、次には、それと気づかずに自分の身体をもって内側から生きることになるのが、おそらくはこのふたつの公演の間に開けた余白の時間帯なのである。開け放されたままの集会室の扉は、「さあ、今度は、あなたが踊る番ですよ」といっていたはずだ。

 ホールに移動しての夜公演は、シリーズを通して、カラフルなタイツ姿に身を包んでの踊りらしからざる踊り。容易にダンスしてしまうことを回避する戦略をとると同時に、日常的な動作の引用というような、ありきたりの手法に陥ることも回避した曖昧な動きの連続だった。日常性と非日常性の中間領域に踏みとどまり、ダンスの記憶を喚起してくるような身ぶりを退けて裸になった身体の内側から、あらためて動きの到来を待つようなアクロバティックな行為だったと思う。それでもそれは「ダンス」と呼ぶ他なく、ダンスの歴史における──原始的で古臭い?──問いに応答しつつ、黒沢ならではのスタイルでたっぷりとだし汁をきかせた濃厚な夜のムードにあふれたパフォーマンスだった。昼公演に出演した椎啓が、入口付近の定位置に座って演奏。開場と開演が同じというのも『deep』にはふさわしく、観客が薄暗いホールに入ったときには、ステージに対面したダンサーが、入場者に背中を見せて仁王立ちしていた。公演のなかほどで、一段高くなったステージに腹這いになってあがる場面があったのだが、片足をステージの縁につけたままの黒沢は、クロールの姿勢から滑りこみセーフの姿勢へと態勢を入れ替えながら、身体を上手から下手へ滑らせていった。下手からふたたびアリーナに降りると、今度は、観客に背を向け、腹部をステージの縁につけて、下手から上手へと小刻みに横歩きしていく。本気なのか冗談なのか、観客を途方に暮れさせる場面だが、ステージの縁を使うダンスというのもまた、空間の新たな発見というべきなのだろうか。

 最後に指摘しておきたいことがもうひとつある。それは、黒沢美香のダンスの謎が、伝統的な「鑑賞」を可能にするため、ダンサーと観客の間に(文化的、制度的に)形成されてきた距離を破壊することによってもたらされているという点である。極小スペースの公演において、ダンサーの身体が観客の間近に来ることは珍しいことではないが、ここまでみてきたように、『deep』の昼公演で、広い集会場を使っているにも関わらず、わざわざ観客が投げ出した足とクロスするように直進していくこととか、座席が対面して並べられ、中央に広いアリーナ空間を確保したチャペルの夜公演でも、ダンサーの身体が観客の視界をおおってしまうほど近くに、あるいは、伸びてくる足が身体に触れるのではないかと観客を身構えさせるほど近くに接近するというのは、客いじりというのとは別の、なにかもっと積極的な行為というべきだろう。これはおそらく、ダンスを成立させる踊る身体と観客(の視線)との距離に関係していて、黒沢は、身体と身体が接近するとき、どのポイントで視覚が触覚に反転するかを測量しているのではないかと想像する。「素の身体」とは誰でも口にすることであり、むしろ安易な概念というべきだろうが、それを演劇的にではなく、実際に舞台に出現させるため、黒沢は、様々なダンスのパラメーターを試練にさらしつづけているのではないだろうか。



 【関連記事|黒沢美香:薔薇の人 vol.17: deep】
 「黒沢美香: 薔薇の人 vol.17「deep」」(2014-10-24)

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